国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟の微小重力環境では独特なかたちのアミロイド線維ができることを発見
自然科学研究機構 生命創成探究センター(ExCELLS)の加藤 晃一 教授、矢木 真穂 助教、谷中 冴子 助教らの研究グループは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同で、国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟を活用して微小重力環境におけるアミロイド線維形成を調べ、微小重力環境では独特なかたちのアミロイド線維ができることを世界で初めて明らかにしました。
本研究成果は、日本時間2020年6月12日に、様々な宇宙実験を対象としたオープンアクセス学術誌「NPJ Microgravity」に掲載されました。
EurekAlert!でも紹介されました。[2020.6.17]
Amyloid formation in the International Space Station
発表のポイント
「きぼう」の微小重力環境において、アルツハイマー病の発症を引き起こすアミロイド線維の形成実験を行いました。微小重力下でつくったアミロイド線維を地上に持ち帰り、かたちを調べたところ、地上でつくったものとは異なる独特なかたちのアミロイド線維が形成されることを世界で初めて見出しました。この発見は、アルツハイマー病等の神経変性疾患の発症機構を理解する研究の推進に繋がることが期待されます。
研究の背景
アミロイド線維[注1]はタンパク質が規則正しく多数積み重なってできる凝集体であり、アルツハイマー病や糖尿病などの原因となることが知られています。アミロイドβ(Aβ)と呼ばれるタンパク質が集まってできたアミロイド線維が脳内に蓄積されると、神経細胞の変性・消滅が生じ、脳が委縮してアルツハイマー病が発症することが知られています。そのため、アルツハイマー病などの疾患治療や予防のために、線維形成の仕組みを正しく理解することが重要ですが、その詳細は未だ解明されていません。
本研究では、自然科学研究機構、JAXA及び名古屋市立大学が共同で、国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟[注2]の微小重力環境を活かして、アルツハイマー病発症メカニズムを知る鍵となる「Aβのアミロイド線維形成機構」を調べる実験を行いました(図1)。国際宇宙ステーションに滞在中だった金井宣茂宇宙飛行士が、宇宙でのアミロイド線維形成実験を担当しました。そして、研究グループは、宇宙から持ち帰ったアミロイド線維サンプルを用いて、アミロイド線維の形成速度や形態を解析し、地上でつくったものと比較しました。
研究成果
研究グループは、まず微小重力下におけるアミロイド線維の形成速度を調べました。アミロイド線維を形成した際に結合して発色する蛍光色素を用いて、どの程度アミロイド線維が伸長しているのかを調べました。地上でのアミロイド線維の形成と比較した結果、線維形成の速度は、地上に比べて微小重力空間の方が遅いことがわかりました。さらに、自然科学研究機構 生理学研究所の村田和義准教授のグループと共同で、クライオ電子顕微鏡法[注3]を使って、アミロイド線維の形態を詳しく調べた結果、微小重力下で形成したアミロイド線維は大きく分けて2つの構造をとっていることがわかりました。そのうちの1つは地上で形成したアミロイド線維に似ていましたが、もう1つは地上ではみとめられなかった特徴的な構造であることが明らかとなりました(図2)。微小重力環境においては、アミロイド線維は対流や沈殿の影響を受けずにゆっくりと伸長して地上とは異なる構造になると考えられます。
成果の意義および今後の展開
国際宇宙ステーションはこれまで地上では制御できなかった重力による影響を取り除くことができるため、アミロイド線維の形成メカニズムを研究するうえで理想的な実験環境を提供します。本研究により、微小重力環境下では、地上でつくったものとは異なる独特なかたちのアミロイド線維が形成されることが世界で初めて明らかとなりました。今回明らかになった独特な形態のアミロイド線維について、その詳細な構造を明らかにしていくことは、アルツハイマー病などのアミロイド線維が関わる病気の発症機構の本質を分子のレベルで理解し、創薬研究に役立つものと期待されます。
用語解説
注1: アミロイド線維
アミロイド線維はタンパク質が規則正しく多数積み重なってできる繊維状の凝集体のこと。アミロイド線維は水に溶けず、生体内のさまざまな細胞組織に沈着する。その結果起きる病気の代表的なものとして、アルツハイマー病、プリオン病、糖尿病や透析アミロイドーシスなどが挙げられる。
注2: 国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟
国際宇宙ステーションは、地上から約400 km上空に建設された巨大な宇宙施設。宇宙飛行士が滞在し、宇宙という特殊な環境を利用した実験・研究、地球や天体の観測などを行う。「きぼう」は、国際宇宙ステーションの構成要素のうち、日本が開発した実験棟。
注3: クライオ電子顕微鏡法
電子顕微鏡によって生体分子の構造を、溶液中のような生理的な環境に近い状態で観察するために開発された手法。試料溶液を急速凍結させ、試料を薄い非晶質氷の中に包埋する。この凍結させた試料を液体窒素温度に冷却のもと電子顕微鏡観察する。このように冷却することで電子線照射による試料へのダメージも軽減させることができる。
研究プロジェクトについて
本研究は、日本学術振興会(JSPS) 科学研究費補助金 基盤C(JP19K07041)、生理研共同利用研究(20-146)等の サポートを受けて実施されました。
発表雑誌
雑誌名
NPJ Microgravity
論文タイトル
Characterization of amyloid β fibril formation under microgravity conditions
著者
Maho Yagi-Utsumi, Saeko Yanaka, Chihong Song, Tadashi Satoh, Chiaki Yamazaki, Haruo Kasahara, Toru Shimazu, Kazuyoshi Murata, and Koichi Kato*.
(*責任著者)
掲載日
日本時間2020年6月12日
DOI
10.1038/s41526-020-0107-y
本件に関するお問い合わせ先
研究全般に関するお問い合わせ先
自然科学研究機構 生命創成探究センター
教授 加藤 晃一
TEL: 0564-59-5225
E-mail: kkato_at_excells.orion.ac.jp ※_at_は@にご変更ください。
報道に関するお問い合わせ先
自然科学研究機構 生命創成探究センター広報担当
TEL: 0564-59-5201
Fax: 0564-59-5202
E-mail: press_at_excells.orion.ac.jp ※_at_は@にご変更ください。
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