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2023年02月16日
  • プレスリリース
「ヒューマングライコームプロジェクト」本格始動!
ヒト糖鎖情報を網羅的に読み解き、命の神秘に挑む
糖鎖命活動に不可な、命鎖

このたび、⽂部科学省 科学技術・学術審議会 学術分科会 研究環境基盤部会 学術研究の⼤型プロジェクトに関する作業部会の事前評価(報告)が昨年11⽉に公表されました。その評価結果や留意点を踏まえ、⽣命科学領域において初の⽂部科学省「⼤規模学術フロンティア促進事業」として「ヒューマングライコームプロジェクト(英語名:Human Glycome Atlas Project:HGA)」を東海国⽴⼤学機構(名古屋⼤学、岐⾩⼤学)、⾃然科学研究機構ならびに創価⼤学が実施主体として、始動することとなりました(代表:⾨松健治 東海国⽴⼤学機構・理事)。糖鎖は、核酸やタンパク質と並び、⽣物の⽣命活動に⽋かせない「第3の⽣命鎖」とされています。しかし、その構造の複雑さや取り扱いの難しさから、系統だった解析が難しく、従来は研究者が個別に研究を進めてきたのが現状です。本プロジェクトでは、上記研究拠点が互いに連携し、⽇本の総⼒を挙げて糖鎖情報を世界に先駆けて網羅的に読み解くことを⽬指します。そしてその情報を幅広く利⽤するシステムを構築することで、従来の概念「セントラルドグマ」を越えて遺伝⼦、タンパク質だけでなく、第 3の⽣命鎖、糖鎖を加えた新たな⽣命観「拡張セントラルドグマ」を打ち⽴てます。⽣命機能の解明をさらに推し進め、その成果が医療をはじめとしたさまざまな研究分野で応⽤されることを⽬標にしております。

※ExCELLSは、複雑な糖鎖の基礎的な機能解明から、糖鎖を自在に合成する技術開発に至るまで、本プロジェクトを研究面から支えてまいります。

 

「ヒューマングライコームプロジェクト」本格始動! ヒトの糖鎖情報を網羅的に読み解き、⽣命の神秘に挑む “糖鎖”は⽣命活動に不可⽋な、第3の⽣命鎖

糖鎖のナレッジベース「TOHSA」で、⽣命科学研究分野の新たな可能性を拓く

"糖鎖"とは、グルコース(ブドウ糖)などの単糖が数個から数百個連なった分⼦です。
⽣物における糖の役割を調べた研究の歴史は古く、1856年にフランスの研究者であるクロード・ベルナールが肝臓中に蓄えられた多糖(グリコーゲン)を発⾒したことから始まります。その後、細胞膜上に「糖が鎖のように連なった構造」である糖鎖が発⾒され、本格的に糖鎖研究が始まりました。その結果、糖鎖は、細胞間接着や免疫機能、細胞増殖・細胞死、受精、発⽣・分化など⽣命活動に⽋かせない、重要な情報分⼦群であることが解っています。がんや糖尿病、感染症など、さまざまな病気と糖鎖との関連も指摘されています。さらには、糖鎖の⽣合成や分解に関わる遺伝⼦が異常をきたすことで、多様な先天性疾患を引き起こすことが解ってきました。このように、糖鎖の重要性は広く知られているものの、糖鎖構造の複雑さ、ならびにその情報量の圧倒的な多さのため、糖鎖を考慮した⽣命科学研究は傍流であったのが現状です。

⽣命現象に影響を与える糖鎖の多くは、細胞表⾯にあるタンパク質などに付随して"アンテナ"のように張り巡らされています(下図)。これらの糖鎖については、各研究者が個別の興味に基づいて研究してきましたが、ゲノムプロジェクトのように、全糖鎖を網羅的に解析する試みは皆無でした。なぜなら、糖鎖は複雑多様で多くの研究者はそれを解析する術を知らなかったからです。しかし、糖鎖は⽣命情報として⽋かせない分⼦群であり、この基盤の⽋如が⽣命の真の理解を⼤きく阻む障壁となっていました。

このような中、近年、質量分析装置などの⾶躍的な性能向上を受け、従来の機器では検出が不可能であった微量な糖鎖も検出することが可能になりました。古くから糖鎖研究は⽇本のお家芸であり、現在までに多くの⾰新的な糖鎖解析技術(グライコミクス)が創出され、世界に⽐類ない技術⽔準を誇っています。

今回始動する"ヒューマングライコームプロジェクト(英語名:Human Glycome Atlas Project、以下HGA)"は、糖鎖研究を得意とする3拠点(東海国⽴研究機構,⾃然科学研究機構,創価⼤学)が協働し、第3の⽣命鎖である「糖鎖」の全情報(グライコーム)の解読と糖鎖情報を活⽤できる新たな⽣命科学研究システムの構築に挑みます。

本プロジェクトでは、ヒトの⾝体にある膨⼤な数の糖鎖構造を明らかにします(糖鎖精密地図の作成)。また、この解析を基にヒトの⽼化や認知症等を対象とした疫学研究に展開し、「ヒト疾患糖鎖カタログ」を作成します。糖鎖の変化は、疾病が発症するより前に⽣じていると考えられるので、この研究成果は認知症などの疾病の発症を防ぎ、健康を維持するための⼿段として活⽤できると期待されます。ヒトの膨⼤な糖鎖情報の取得・分析を⾼精度に進⾏するため糖鎖⾃動解析装置の開発をはじめとした糖鎖関連設備、技術の⾰新も進めていきます。加えて、糖鎖が作られる仕組みを徹底的に解明します(糖鎖⽣合成アトラス)。この知⾒を応⽤すれば、近年多く⽤いられている、抗体医薬品に代表される糖タンパク製剤の機能を意のままにデザインすることも可能となります。

そして上記の糖鎖情報すべてを集めたナレッジベース*「TOHSA(トーサ:TOtal Human Sugar-chain Atlas)」を構築します。これは、ゲノムやタンパク質の分野では当たり前に使われている世界的なデータベース GenBank/DDBJ/ENA や UniProt に相当するもの以上となります。糖鎖の情報をこれまでの⽣命科学データに加えることで、⽣命に関する理解を何段階も深められるような知識の蓄積したデータベースです。

TOHSA に蓄積されるデータは、国内外の⼤学・研究機関や⺠間企業など幅広い分野の研究者研究コミュニティへ、新たな⽣命科学研究分野の新機軸として供されます。 TOHSA は、特に細胞と細胞、あるいは細胞と病原体(細菌、ウイルス)の相互作⽤が問題となる⽣命科学分野で、研究および実⽤化の⾶躍的発展を促進すると期待されます。このことによって、本プロジェクトの科学⽬標に位置づけられる「拡張セントラルドグマ」の基礎確⽴が達成されます。

また糖鎖の情報を詳細に読み解き、その本質を真に理解していくためには、異分野の専⾨知識との融合が不可⽋です。そのため、HGA では「オープンミックスラボ」を計画的に設置し、新たな融合型研究の推進を⽬指します。

HGA では様々な分野の研究者と協⼒し All-JAPAN 体制で糖鎖ナレッジベース「TOHSA」を作り上げ、⽣命のしくみの真の理解、病気に苦しまない未来を⽬指して研究を推進します。

 

3つの基盤(情報基盤、設備・技術基盤、連携基盤)でプロジェクトを遂⾏

HGA は、情報基盤,設備・技術基盤ならびに連携基盤の3つの基盤を確⽴し、ヒトの全糖鎖情報(グライコーム)を網羅的に取得し、その情報を国内外の多岐にわたる研究コミュニティが⾃由に活⽤できるデータベースシステムの構築を⽬指します。

 

⽤語解説

グライコーム(Glycome)
遺伝⼦の総体(ゲノム)、タンパク質の総体(プロテオーム)に倣い、糖鎖について、ある特定の⽣物種、組織、細胞における糖鎖の総体を表現した⽤語。狭義にはタンパク質や脂質から切り出した糖鎖のことを指すが、より広義にはゲノム、プロテオームと⽐肩する概念として、すべての存在形態の糖鎖を指す⽤語としても⽤いられる。

 

拡張セントラルドグマ(Expanded Central Dogma)
セントラルドグマはゲノム(DNA)を設計図としてタンパク質が作られる⽣命の基本的な原理であるが、ここに第 3 の⽣命鎖である糖鎖は含まれない。⽣命はずっと複雑であり、拡張セントラルドグマは、セントラルドグマに続く多くの因⼦によって⽣命が作られる原理を説く。この多次元的な⽣命の仕組み(=拡張セントラルドグマ)は、今後の研究で得られる糖鎖の形や作られ⽅に関する⼤量のデータと、他の⽣体ビッグデータとの組み合わせによ って明らかにされる。

 

ナレッジベース
知識という意味の「ナレッジ」と、データベースを意味する「ベース」を組み合わせて作られた造語。 場合によっては「知識ベース(KB)」と呼ばれることもあり、単なるデータの蓄積ではなく、そのデータに基づいて紐づいている機能や環境などの注釈がついたデータベース。

 

TOHSA
ナレッジベース TOHSA には、糖鎖構造を含む糖鎖に関する情報が含まれており、⽣命科学の理解を深めるための多様なヒト関連オミクス情報やキュレーション(情報に注釈をつけること)された機能情報などが統合されている。さらに、これらの関連情報が閲覧・検索・解析できるインターフェースを持ったデータベースである。