NEWS

2019年08月29日
  • プレスリリース
生息環境と連動した温度センサー分子の機能変化を解明

今回、自然科学研究機構 生理学研究所の齋藤 茂助 教および富永 真琴 教授は、首都大学東京 理学研究科 生命科学専攻の野澤 昌文 助教との共同研究を行い、生息地の温度環境が異なるカエルの間で温度センサー分子の機能が異なることを発見しました。それぞれの生息地の温度条件に応じて、外界の温度の感じ方が進化の過程で変化してきたと考えられます。本研究結果は、Molecular Ecology誌(2019年8月30日号)に掲載されます。

本研究成果のポイント

生息地の温度環境に適応することは、生物にとって非常に重要です。生物は進化の過程で様々な環境に適応することで多くの種に分かれてきました。しかし、異なる温度条件に適応した種の間で、温度の感じ方がどのように変化してきたのか、その分子メカニズムは分かっていませんでした。今回、自然科学研究機構 生理学研究所の齋藤 茂助 教および富永 真琴 教授は、首都大学東京 理学研究科 生命科学専攻の野澤 昌文 助教との共同研究によって、高温域を感じるセンサー分子として働くタンパク質であるTRPV1[注1]やTRPA1[注2]の応答が、異なる温度環境に生息するカエルの種の間で変化してきたことを示しました。特に、TRPA1の高温刺激に対する応答は涼しい環境に生息する種では大きく、一方で、暖かい環境に生息する種では小さいことが明らかになりました。今回の成果は、進化の過程で温度センサーの特性が生息地の温度条件に適するように変化してきたことを示しています。

研究の背景

生物は進化の過程で暑いところから寒いところまで多様な温度環境に適応してきました。例えば、暑い環境に適応した種は、涼しい環境に適応した種よりも高い温度に耐えるための生理的な機能を進化の過程で高めてきました。一方で、温度の感じ方(温度感覚)は環境に適応する過程で変化してきたのでしょうか。このような疑問を解決するために、アフリカ大陸の異なる温度環境に生息するツメガエル種を用いて、温度感覚のセンサー分子としてはたらくタンパク質の機能を比較しました。

ツメガエルではTRPV1およびTRPA1と呼ばれる温度センサー分子が高温の受容に関わっています。これまでの我々の研究から、涼しい環境に適応したアフリカツメガエルと暖かい環境に適応したネッタイツメガエルではTRPV1の高温に対する応答特性が異なることが分かっていました。TRPV1タンパク質の機能を調べる実験において、高温の刺激を加えた場合にアフリカツメガエルのTRPV1は一回目の刺激で最大の反応を示すのに対して、ネッタイツメガエルでは1回目では小さな反応しか示さず、繰り返しの高温刺激で徐々に反応が大きくなります。

研究成果

本研究ではアフリカツメガエルとネッタイツメガエルだけでなく、涼しい環境に適応したキタアフリカツメガエルと暖かい環境に適応したミューラーツメガエルを新たに解析に加え4種の間でTRPV1を比較しました。その結果、涼しい環境に適応したキタアフリカツメガエルだけでなく、暖かい環境に適応したミューラーツメガエルも、涼しい環境に適応したアフリカツメガエルと同じ応答を示しました(図)。この結果から、TRPV1の繰り返しの高温刺激に対する温度応答特性の変化は生息地の温度環境とは必ずしも連動しないことが分かりました。

一方で、TRPA1の高温に対する反応を調べたところ、涼しい環境に生息する2種では高温の刺激に対する反応が大きく、暖かい環境に生息する2種のツメガエルの間では高温の刺激に対する反応が小さいことが明らかになりました(図)。この結果から、TRPA1の反応特性の変化は、ツメガエルの生息地の温度環境への適応と関係していると考えられます。涼しい環境に生息する種は、高温に鋭敏に応答するために、高温センサーであるTRPA1の反応性が高くなるように進化の過程で特性が変化したと推測されます。
 

また、TRPV1の温度応答特性がどのような進化過程を経てきたかを調べるために、ツメガエル種のTRPV1のタンパク質を構成するアミノ酸配列を比較し、ツメガエルの祖先種におけるTRPV1のタンパク質を推定しました。更に、これらの祖先型のTRPV1を人工的に合成し、古代のTRPV1を復元して機能を調べました。これらの解析により、ツメガエルの祖先種のTRPV1はアフリカツメガエル型の温度応答特性を持っていることが分かりました(図)。この結果から、高温刺激に対するTRPV1の反応特性は、暖かい環境に適応したネッタイツメガエルに至る系統で特異的に変化したことが明らかになりました。

齋藤助教は、「これまで、異なる温度環境に生息する種の間で好む温度や避ける温度に違いがあることは知られていましたが、その分子メカニズムについてはあまり分かっていませんでした。今回の研究によって、それぞれの動物種が異なる温度環境に適応していく進化の過程で、温度センサーの機能的な変化が温度の感じ方の種間差を生み出す一因になったことが示されました。」と話しています。

成果の意義および今後の展開

今回の研究成果は、生息地の環境変動に応じて動物の温度感覚が変化していく際の分子メカニズムの解明につながります。急速に進む温暖化が生物に与える影響を考慮する際にも有用な情報となることが期待されます。

4種のツメガエルの生息環境および高温センサーの温度応答特性

左側の太線は4種の系統関係を表しており、その下の矢印は各種が分岐した年代を示しています。例えば、ネッタイツメガエルと他の3種のツメガエルは約6千万年前に分岐したと推定されています。右側に各種のツメガエルのTRPV1またはTRPA1の高温刺激に対する応答特性を示しています。本研究では3種類の祖先TRPV1を復元し、温度応答を調べました。それぞれの祖先TRPV1の高温応答特性をボックス内に示しています。

本研究は日本学術振興会科学研究費補助金の補助を受けて行われました。

掲載論文

雑誌名
Molecular Ecology

論文名
Elucidating the functional evolution of heat sensors among Xenopus species adapted to different thermal niches by ancestral sequence reconstruction

著者名
Shigeru Saito, Claire T. Saito, Masafumi Nozawa, and Makoto Tominaga

掲載日時
2019年7月10日にオンライン版に掲載

用語解説

[注1]TRPV1(トリップブイワン)
温度や化学物質のセンサー分子としてはたらくタンパク質。多くの脊椎動物種においてTRPV1は高温の受容を担っている。また、ヒトを含む複数の脊椎動物種のTRPV1は唐辛子の辛み成分であるカプサイシンのセンサーとしても働いている。

[注2]TRPA1(トリップエイワン)
温度や化学物質のセンサー分子。ほとんどの動物種においてワサビの辛み成分であるアリルイソチオシアネートの受容も担っている。ヒトではTRPA1は低温のセンサーであると報告されていますが、カエルでは高温のセンサーとして働いている。

発表機関

自然科学研究機構 生理学研究所
自然科学研究機構 生命創成探究センター
首都大学東京

本件に関するお問い合わせ先

研究全般に関するお問い合わせ先
自然科学研究機構 生理学研究所(生命創成探究センター)細胞生理研究部門
助教 齋藤 茂(サイトウ シゲル)
Tel: 0564-59-5287、FAX: 0564-59-5285
E-mail: sshigeru_at_nips.ac.jp ※_at_は@にご変更ください。

報道に関するお問い合わせ先
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
TEL: 0564-55-7722
Fax: 0564-55-7721
E-mail: pub-adm_at_nips.ac.jp ※_at_は@にご変更ください。