ポイント
- 新しいセントロメアタンパク質の発見とその役割を解明。
- 新しいペリセントロメアのヘテロクロマチン形成経路の発見。
- 染色体数の異常の原因解明や癌や染色体異常症の研究の進展に期待。
概要
北海道大学遺伝子病制御研究所の太田信哉准教授及び野間健一教授、自然科学研究機構生命創成探究センターの大関淳一郎特任助教らの研究グループは、染色体安定性維持に関与する新たなメカニズムを解明しました。本研究は、癌や染色体異常症などで見られる染色体数異常の原因解明や治療標的開発への貢献が期待されます。
染色体上のセントロメア*1は、正確な染色体分配に不可欠であり、その周縁部(ペリセントロメア*2)に存在する「ヘテロクロマチン*3」と呼ばれる高度に凝集したクロマチン構造と密接に関係しています。しかし、このヘテロクロマチンが、どのようにペリセントロメアに形成されるかについては、多くの未解明な点が残されてきました。
研究グループは、ペリセントロメアのヘテロクロマチン形成メカニズムの一端を、ZNF518というタンパク質が担っていることを明らかにしました。ZNF518は、タンパク質の一種であるヒストンをメチル化する酵素をペリセントロメアに呼び込むことで、ヘテロクロマチンの形成を促進します。また、研究過程において、ZNF518が生殖器官(精巣や卵巣)で高発現していることを確認しました。これは、ZNF518が生殖関連細胞の形成に深く関わることを示すものです。つまり、ZNF518経路が受精後初期のセントロメア近傍ヘテロクロマチン再構築に寄与している可能性を示唆しています。
これらの成果は、染色体異常の原因解明や治療標的の開発に向けた新たな道を開くだけでなく、生殖関連細胞における遺伝情報の維持について理解を深める、重要な一歩となることが期待されます。
なお、本研究成果は、2024年12月3日(火)公開のNucleic Acids Research誌にオンライン掲載されました。
背景
生命が次世代へ正確にゲノム(染色体にある遺伝子全体の総称)を継承するためには、細胞分裂時に正確に染色体が分配される必要があります。セントロメアは正確な染色体分配の中核を担っており、その構造は、セントロメアの周縁部(ペリセントロメア)に位置する「ヘテロクロマチン」と呼ばれる高度に凝集したクロマチン領域と密接に関係しています。
しかし、このヘテロクロマチンが、どのようにペリセントロメアで特異的に形成され、正しく機能する大きさが維持されるのか、その具体的な仕組みは依然として不明なままです。不正確な染色体分配によって生じる染色体異常は、癌を含む様々な病態の主な原因の一つとして知られています。そのため、これらの異常の原因を解明し、効果的な診断及び治療法を開発することが喫緊の課題となっています。
本研究では、この重要な課題に対し、未解明なペリセントロメアにおけるヘテロクロマチン形成メカニズムの解明を目指しました。特に、機能が未知のタンパク質ZNF518に着目し、その役割を明らかにすることで、染色体安定性維持の新たな理解を得ることを目指しました。
研究成果
研究グループは、ZNF518A及びZNF518Bという二つの相同タンパク質が、この重要な役割の一端を担っていることを発見しました。ZNF518は、セントロメアタンパク質B(CENP-B)を介してセントロメアに局在し、さらにヘテロクロマチンタンパク質1(HP1)及びヒストンメチル化酵素G9Aと相互作用して、ペリセントロメアのヒストンを選択的にメチル化することで、ヘテロクロマチンの構築に寄与することを発見しました(図1)。これまでに、別のヒストンメチル化酵素SUV39H1がペリセントロメアのヘテロクロマチン形成に関与していることが既に示されています。しかし、このSUV39H1の非存在下でもペリセントロメアには、低いレベルのヘテロクロマチンが維持されることが観察されていました。ZNF518-G9A経路は、SUV39H1による既知の経路を補完する役割を果たしていると考えられ、実際にSUV39H1の非存在下では、ZNF518の欠失で有意にペリセントロメアにおけるヘテロクロマチンの割合が減少しました。
しかし、多くの細胞でZNF518の遺伝子発現は弱く、どのような細胞でZNF518-G9A経路が機能しているのかという疑問が残りました。これに対し研究グループは、ZNF518が生殖器官(精巣や卵巣)で高発現していることを発見し、生殖関連細胞で特に重要である可能性を示しました。ただし、精子ではヒストンはプロタミンに置き換わるため、ZNF518やG9Aは精子形成過程では直接的に機能せず、CENP-B/ZNF518/G9A経路が受精後初期のセントロメア近傍ヘテロクロマチン再構築に寄与している可能性が示唆されました。
今後への期待
本研究成果により、染色体異常の原因解明や治療標的の開発に向けた新たな道が切り開かれるとともに、生殖関連細胞におけるヘテロクロマチンの維持機構の重要性が明らかになりました。今後は、ZNF518を介したメカニズムの破綻が、癌や血液疾患を含む染色体異常関連疾患の発症へどのように関与するかを解明する研究が期待されます。これにより、疾患の治療法や予防法の新たな戦略が構築されることが期待されます。
謝辞
本研究は、科学研究費助成事業(JP18K06061、JP20H00473、JP20K23376、JP16H06280)、加藤記念バイオサイエンス財団、武田科学振興財団、科学技術振興機構CREST(18070874)、及びかずさDNA研究所研究助成金の助成を受けて実施されました。
論文情報
- 論文名:Novel Role of Zinc-Finger Protein 518 in Heterochromatin Formation on α-Satellite DNA(αサテライトDNAのヘテロクロマチン化におけるジンクフィンガータンパク質518の新規の役割)
- 著者名:太田信哉1,2*、大関淳一郎3,4、佐藤信子2、谷澤英樹1、鍾 奕洛1、野間健一1,5、舛本 寛4
(1北海道大学遺伝子病制御研究所、2高知大学医学部、3自然科学研究機構生命創成探究センター、4かずさDNA研究所、5オレゴン大学、*責任著者) - 雑誌名:Nucleic Acids Research(分子生物学の専門誌)
- DOI:https://doi.org/10.1093/nar/gkae1162
- 公表日:2024年12月3日(火)(オンライン公開)
お問い合わせ先
北海道大学大学院遺伝子病制御研究所 准教授 太田信哉(おおたしんや)
メール:shinya.ohta_at_igm.hokudai.ac.jp
URL:https://www.igm.hokudai.ac.jp/3dgenome/ja/
配信元
北海道大学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
Email:jp-press_at_general.hokudai.ac.jp
自然科学研究機構生命創成探究センター(〒444-8787 岡崎市明大寺町東山5-1)
Email:press_at_excells.orion.ac.jp
かずさDNA研究所広報・教育支援グループ(〒292-0818 木更津市かずさ鎌足2-6-7)
Email:kdri-kouou_at_kazusa.or.jp
※_at_を@に変換してください。
参考図
用語解説
*1 セントロメア … 染色体のほぼ中央に位置する領域で、細胞分裂時には紡錘体が結合する動原体と呼ばれる構造を形成する。
*2 ペリセントロメア … セントロメアの周りの領域。高度にヘテロクロマチン化されている。
*3 ヘテロクロマチン … 高度に凝集したクロマチン構造のこと。