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2023年12月22日
  • プレスリリース
味覚、痛覚、嗅覚をトリプル刺激する新しい昆虫忌避剤の発見昆虫忌避剤の標的としてのTRPチャネル新たな可能性

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薬剤を用いた害虫対策においては殺虫剤と忌避剤の併用が重要ですが、害虫を近寄らせない忌避剤の開発は、昆虫の忌避(逃避)行動のメカニズムに関する知見の不足から遅れています。今回、自然科学研究機構 生理学研究所/生命創成探究センターの曽我部隆彰准教授と佐藤翔馬特任助教は、TRPチャネルの刺激物質が昆虫忌避剤として働くことを発見し、その作用メカニズムを神経および分子レベルで明らかにしました。本研究結果は、2023年12月22日に『Frontiers in Molecular Neuroscience』誌にオンライン掲載されました。

プレスリリース

味覚、痛覚、嗅覚をトリプル刺激する新しい昆虫忌避剤の発見〜昆虫忌避剤の標的としてのTRPチャネルの新たな可能性

研究内容

背景

農業害虫による農作物への被害や、感染症を媒介する蚊などの衛生害虫による健康被害は現代においても深刻な問題です。薬剤を用いた害虫対策として殺虫剤と、害虫を近寄らせない忌避剤が活用されています。殺虫剤は即効性があり駆除効果が高い反面、生態系や人体への影響の懸念があり、また繰り返し使用することで害虫が薬剤耐性を獲得することも知られています。忌避剤の使用はこれらの問題点を回避できますが、昆虫の忌避(逃避)行動のメカニズムに関する知見が不足していることから有効な薬剤が少なく、現状では選択肢が非常に限られています。本研究は様々な感覚のセンサーとして働くTRPチャネルに注目し、その刺激剤が昆虫忌避剤として利用できることを見出しました。

ワサビなどの痛み刺激を感知するTRPA1チャネルに着目

TRPチャネルは熱や機械的な力、化学物質といった環境中の様々な刺激を感知するセンサー分子で、人を含むあらゆる動物で働いています。特に昆虫においては、TRPA1が高い温度やワサビなどの香辛料の成分を感知して、それらの刺激から逃避するために重要です(図1)。このことから研究グループは「TRPA1を刺激する薬剤は昆虫の逃避行動を誘起する=TRPA1刺激剤が昆虫忌避剤として機能する」と考えました。本研究はマウスのTRPA1刺激剤として知られる2メチルチアゾリン(2MT)という食品添加物にも用いられる揮発性の物質に注目し、その忌避効果についてキイロショウジョウバエをもちいて検証しました。

2MTはショウジョウバエの忌避剤として強力に作用することを発見

まず2MTを混ぜたエサと通常のエサを用意し、2MTを含むエサからハエが逃げるかを測定したところ、非常に強い忌避行動が観察されました(図2)。そこで、この忌避行動がTRPA1の作用に起因するかを検証するため、TRPA1が働かない変異体のハエを作成し、2MTに対する行動を観察しました。その結果、TRPA1変異体のハエでは忌避行動が見られませんでした。この結果から、2MTからの忌避行動にはTRPA1が重要であることが明らかになりました

ところが、低濃度の2MTにおいては、TRPA1変異体のハエも、正常なハエと同じように忌避行動がみられました(図2)。この結果は2MTが低濃度の際にはTRPA1以外に2MTを忌避する要因があることを示唆しています。そこで詳細に検証した結果、匂いをほとんど感じない嗅覚変異体のハエでは、低濃度において忌避性が完全に消失していることが明らかになりました(図2)。これらの結果から、低濃度の2MTからの忌避行動には嗅覚センサーが重要であり、ハエは2MTを濃度によって異なる感覚センサー分子で知覚していることが分かりました。

2MTは味覚・痛覚・嗅覚に作用し、忌避行動を引き起こす

次に研究グループはTRPA1の2MTの感知はどの感覚に由来するかを調べました。TRPA1は味覚や痛覚、嗅覚を感知する神経細胞に存在しているため、それぞれの神経細胞のみでTRPA1が欠失したハエを遺伝子操作により作製して忌避行動を観察しました。その結果、苦味や痛覚の神経でTRPA1が存在しない場合に忌避性が下がりました(図3)。この結果からハエは、2MTをTRPA1経由で苦味・痛覚として知覚して忌避行動を起こしていることが明らかになりました。一方で、嗅覚神経のTRPA1を欠失させても2MTへの忌避性は変わりませんでした。このことから、嗅覚神経においてはTRPA1以外のセンサーが働くことで低濃度の2MTを忌避していると考えられます。以上の結果より、2MTは高濃度ではTRPA1を介して味覚・痛覚を刺激し、低濃度では別の嗅覚センサーを介して嗅覚を刺激することで、ショウジョウバエの忌避行動を引き起こすことが明らかになりました。嗅覚神経において、どのようなセンサーを介して低濃度2MTを感知しているかは今後の課題となります。

さらに、2MTがハエのTRPA1を直接刺激して活性化させることや、その活性化に必要なアミノ酸についても明らかにしました。2MTが作用するTRPA1のアミノ酸配列は、他の害虫においても広く保存されているため、2MTによるTRPA1活性化は、ハエ以外の昆虫でも起きる可能性が高いと考えられます。

本研究により、2MTがハエの複数の感覚を刺激することで昆虫忌避剤として機能することが明らかになりました(図4)。TRPA1の刺激が昆虫全般において忌避行動を誘導することや、2MTによるTRPA1活性化のメカニズムが幅広い昆虫で保存されている可能性があることから、2MTが新たな昆虫忌避剤の有力な候補物質として活用されることが期待されます。

本研究は文部科学省科学研究費補助金(課題番号21H02531)、大幸財団(課題番号9214)、ならびにキヤノン財団(課題番号M19-0059)の補助を受けて行われました。

用語説明

注1)2MT:狐の尿成分トリメチルチアゾリンに構造の似た成分で、ネズミにすくみ反応や逃避行動を引き起こす揮発性の物質。グアバなどの果実にも含まれており、食品の添加物としても利用されている。

今回の発見

  1. ショウジョウバエに強力に作用する新しい昆虫忌避剤を発見しました。
  2. この忌避剤は味覚、痛覚、嗅覚に作用することで忌避効果を示しました。
  3. TRPチャネルがこの忌避剤のセンサーとして働くことが分かりました。

参考図表

図1. 昆虫忌避剤としてのTRPA1刺激剤の可能性
様々な香辛料の成分が昆虫のTRPA1を刺激することで忌避行動を起こすことから、TRPA1の活性化剤が昆虫忌避剤として活用できる可能性があります。
図1. 昆虫忌避剤としてのTRPA1刺激剤の可能性
様々な香辛料の成分が昆虫のTRPA1を刺激することで忌避行動を起こすことから、TRPA1の活性化剤が昆虫忌避剤として活用できる可能性があります。
図2. 正常なハエと感覚センサー変異体の2MTの忌避性
行動実験により2MTへの忌避を測定したところ、高濃度の2MTに対して正常なハエ(灰色)は強い忌避を示しましたが、TRPA1変異体(赤)では忌避行動が消えました。低濃度の2MTに対してはTRPA1変異体(赤)も正常なハエ(灰色)と同じくらい忌避しましたが、嗅覚変異体では(青)では忌避が消えました。
図2. 正常なハエと感覚センサー変異体の2MTの忌避性
行動実験により2MTへの忌避を測定したところ、高濃度の2MTに対して正常なハエ(灰色)は強い忌避を示しましたが、TRPA1変異体(赤)では忌避行動が消えました。低濃度の2MTに対してはTRPA1変異体(赤)も正常なハエ(灰色)と同じくらい忌避しましたが、嗅覚変異体では(青)では忌避が消えました。
図3. 特定の感覚神経でTRPA1を欠失したハエの2MT忌避
遺伝子操作により味覚神経(赤)、痛覚神経(緑)、嗅覚神経(青)のTRPA1を欠失させたハエを作製し、2MTへの忌避を測定しました。味覚神経や痛覚神経のTRPA1が無いと忌避性が大きく低下しました。
図3. 特定の感覚神経でTRPA1を欠失したハエの2MT忌避
遺伝子操作により味覚神経(赤)、痛覚神経(緑)、嗅覚神経(青)のTRPA1を欠失させたハエを作製し、2MTへの忌避を測定しました。味覚神経や痛覚神経のTRPA1が無いと忌避性が大きく低下しました。
図4. 本研究のまとめ
ハエは味覚・痛覚・嗅覚の複数の感覚によって2MTを感知することで忌避します。とくに味覚・痛覚神経のTRPA1が2MTの直接のセンサー分子であることが分かりました。
図4. 本研究のまとめ
ハエは味覚・痛覚・嗅覚の複数の感覚によって2MTを感知することで忌避します。とくに味覚・痛覚神経のTRPA1が2MTの直接のセンサー分子であることが分かりました。

この研究の意義

今回発見した2MTは、昆虫の複数の感覚を刺激することで忌避行動を強く誘起することが分かりました。2MTが作用するTRPA1の活性化部位は、農業害虫や蚊などの衛生害虫にも広く保存されていることから、2MTは様々な害虫に対して忌避剤として活用できる可能性があります。また、人の感覚を担う重要なセンサーであるTRPチャネルが、昆虫忌避剤の新しい標的になることが期待できます。

論文情報

Avoidance of thiazoline compound depends on multiple sensory pathways mediated by TrpA1 and ORs in Drosophila
Shoma Sato, Aliyu Mudassir Magaji, Makoto Tominaga, Takaaki Sokabe* *責任著者
Frontiers in Molecular Neuroscience 2023年 12月22日16時解禁
DOI: https://doi.org/10.3389/fnmol.2023.1249715

お問合せ先

研究について

自然科学研究機構 生理学研究所 細胞生理研究部門
自然科学研究機構 生命創成探究センター 温度生物学研究グループ 准教授
曽我部 隆彰 (ソカベ タカアキ)

広報に関すること

自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
email: pub-adm@nips.ac.jp

メディア掲載情報

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