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2023年04月27日
  • プレスリリース
MRIによる霊長類のデジタルデータベースを開発
オープンサイエンスとして、脳科学の発展に期待

新聞とウェブメディアに掲載されました。
科学新聞         [2023年 5月19日,2面]

THE MEDIA         [2023年5月9日] 掲載記事
大学ジャーナルオンライン 2023年5月9日] 掲載記事
カレッジメディア     2023年5月10日]  掲載記事
Neuron             [2023年5月16日]  掲載記事

理化学研究所(理研)脳神経科学研究センターマーモセット神経構造研究チームの岡野栄之チームリーダー(慶應義塾大学医学部生理学教室教授)、畑純一客員研究員(東京都立大学大学院人間健康科学研究科准教授)、自然科学研究機構生命創成探究センターの中江健特任准教授らの共同研究グループは、磁気共鳴画像法(MRI)[1]を用いて、小型霊長類であるコモンマーモセット[2]のデジタル脳データベースを開発し、公開しました。

本研究成果は、2014年に開始された革新脳プロジェクトの中で進められてきた成果で、霊長類の高次脳機能を担うマクロレベルの神経回路全容の解明、ヒトの精神・神経疾患の克服、情報処理技術の高度化に貢献すると期待できます。

今回、共同研究グループは、健康な216頭(雄88頭、雌128頭、0.8~10.3歳)のコモンマーモセットの脳を対象にMRIの測定・解析を行い、脳科学の前臨床研究に有効なデジタル脳MRIデータベースを公開しました。このデータベースは年齢・性別・体格(体重)などの幅広い情報を含んでおり、現時点で世界最大のコモンマーモセット脳の公開データベースです。年齢・性別・体格などの要因が脳に与える影響を理解するのに役立ち、また、オープンサイエンスとして世界中の脳科学コミュニティの発展に貢献し、研究を加速させると考えられます。

本研究は、科学雑誌『Scientific Data』オンライン版(4月27日付:日本時間4月27日)に掲載されました。

MRIによる霊長類のデジタル脳データベースを開発-オープンサイエンスとして、脳科学の発展に期待-

コモンマーモセットのデジタル脳MRIの公開データベースのサイト

背景

ヒト以外の霊長類の実験動物として、小型霊長類のコモンマーモセット(Callithrix jacchus)が注目されています。コモンマーモセットはマウスなどのげっ歯類に比べて、ヒトに近い脳構造を持つことから、薬物投与や疾患モデルとして、疾患解明に向けた脳科学研究において精度の高い知見が得られると考えられています。また、他の霊長類に比べて比較的寿命が短いため、発達だけでなく老化の過程を追うことも容易です(図1)。

図1 小型霊長類コモンマーモセット
コモンマーモセットはブラジル北東部原産の小型霊長類。成熟個体で体長(頭胴長)20~25cm、体重250~500g、成熟年齢は2歳程度、寿命は12~15年である。

磁気共鳴画像法(Magnetic Resonance Imaging:MRI)は、磁気と波長の長い電磁波であるラジオ波、それに水素原子の動きを利用して、主に身体の解剖学的な情報を得る技術です。これまで、コモンマーモセット脳のMRIデータベースは、発達や成熟年齢(2歳程度)に焦点を当てたものは公開されていましたが、7~8歳以降に起こる老化を含む1~10歳の年齢層のデータベースはありませんでした。MRIでは解剖学的なデータのみならず、脳内の神経線維連絡[3]や脳活動のネットワーク[4]情報を取得することも可能です。本研究では、コモンマーモセット脳のマルチコントラスト[5]で、かつ幅広い年齢層・性別・体格をカバーするMRI脳データベースの取得を目指しました。本研究は、2014年に開始された革新脳プロジェクトの一つの軸として進められてきた脳機能ネットワークの全容解明のコモンマーモセットに関するものです。

研究手法と成果 

共同研究グループは、コモンマーモセットのMRI実験を麻酔下で安定して行う手法、マルチコントラストなMRI情報を収集する手法と画像処理法を確立し、コモンマーモセットの脳のMRIデータを収集し、その特徴を評価しました。対象には、健康な0.8~10.3歳(平均:4.34±2.56歳)の216頭(雄88頭、雌128頭、平均体重:357.1±60.2g)のコモンマーモセットを用いました。MRI装置には、超高磁場[6]である9.4テスラ(T)の磁石ユニット(BioSpec 94/30)と内径86mmの送受信コイルを使用しました(図2)。

図2 本研究で使用した超高磁場9.4テスラMRI装置

そして、コモンマーモセット脳のMRIマルチコントラスト情報を得るために、主に次の三つの計測を行いました。一つ目は、解剖学的画像であるT1強調画像[7]、T2強調画像[7]の計測で、9.4TのMRI装置に合わせるため、磁場やラジオ波のパルスプログラム[8]を最適化しました。二つ目は神経線維連絡のネットワーク情報を持つ拡散強調画像[9]を、三つ目は脳活動のネットワーク情報を持つ安静時脳活動[10]を計測しました。なお、これらの計測は理研脳神経科学研究センターの動物実験委員会の承認を得て、その「動物実験実施ガイドライン」に従って実施しました。

MRIデータのうち神経線維連絡や脳活動のネットワーク情報は、取得したデータをそのまま用いることはできず、画像処理やネットワーク情報を抽出するための解析が必要です。このような画像解析方法も、コモンマーモセット脳に合わせて最適化しました(図3)。

図3 MRIによる脳ネットワーク情報の表現図 
(上段)脳ネットワークの接続強度をマトリックス上(左)やサークル上(右)に表現した図。左は接続強度が高いほど赤く、右は接続強度が高いほど線を太くして、脳内の領野ごとの接続を比較できるようにしている。
(下段)コモンマーモセットの脳を灰色で表示し、脳内のネットワークを線で結び、その接続強度によって色を変えている。

 

得られたMRIデータや解析結果をサイトにまとめて公開することで、コモンマーモセットの幅広い年齢層・性別・体格(体重)のライフステージごとに分類したデジタル脳MRIデータベースをオープンアクセスで提供することに成功しました。図4に示すようにデータベースを公開しているサイトでは、年齢や性別、体重など必要な情報を限定してMRIデジタル脳データを抽出し、ダウンロードすることが可能です。また、プレビュー機能が設定されており、1個体ごとに脳画像を確認できます。多くの脳科学研究者に活用してもらえるように、脳内の各種領域(運動野、感覚野、聴覚野、視床、線条体など)を区分し、個々の脳ごとに領野アトラス[11]を作成し、画像と併せてダウンロードできるようにしました。

図4 コモンマーモセットのデジタル脳MRIの公開データベースのサイト
公開データベースのサイトの一部分を示す。上段のスケール(年齢・性別・体重)を調整することで、必要な範囲を設定できる。下段は脳のプレビュー表示をした図であり、カーソルを当てると領野の名称が表示される。左図は脳の領野アトラスの3次元断面、右図はMRIによる3次元断面を表示している。

今後の期待

今回公開したコモンマーモセットのマルチコントラストMRIデータベースは、信頼性の高い詳細な脳構造および機能データとその結合情報を提供するだけでなく、老化が脳に及ぼす影響に関する本質的な情報も提供すると考えられます。

本成果は、霊長類の高次脳機能を含むマクロレベルの神経回路全容の解明や、疾患モデルやヒトのMRIデータと対応させることで精神・神経疾患の克服に貢献することが期待できます。

公開時点では、世界最大のコモンマーモセット脳の公開データベースであり、年齢・性別・体格などのさまざまな要因が脳に与える影響を理解するのに役立つと思われます。また、オープンサイエンスとして、世界中の脳科学コミュニティに貢献し、研究を加速させるものと期待できます。

論文情報

<タイトル>
Multi-modal brain magnetic resonance imaging database covering marmosets with a wide age range

<著者名>
Junichi Hata, Ken Nakae, Hiromichi Tsukada, Alexander Woodward, Yawara Haga, Mayu Iida, Akiko Uematsu, Fumiko Seki, Noritaka Ichinohe, Rui Gong, Takaaki Kaneko, Daisuke Yoshimaru, Akiya Watakabe, Hiroshi Abe, Toshiki Tani, Hiro Taiyo Hamda, Carlos Enrique Gutierrez, Henrik Skibbe, Masahide Maeda, Frederic Papazian, Kei Hagiya, Noriyuki Kishi, Shin Ishii, Kenji Doya, Tomomi Shimogori, Tetsuo Yamamori, Keiji Tanaka, Hirotaka James Okano, Hideyuki Okano

<雑誌>
Scientific Data

<DOI>
10.1038/s41597-023-02121-2

補足説明

[1] 磁気共鳴画像法(MRI)
磁気とラジオ波、それに水素原子の動きを利用して、主に身体の解剖学的な情報を得る技術。水素原子には磁気に反応する性質があるため、磁場を作る装置の中で体にラジオ波を当てると、体内の水素原子が反応して信号を発する。その信号を捉えてコンピューターで解析し画像にする。X線などを使用せず、非侵襲的に生体内の解剖学的断面を取得できる。医療現場では検査の一つとして普及し、重要な検査法の一つとして位置付けられている。MRIはMagnetic Resonance Imagingの略。

[2] コモンマーモセット
ブラジル北東部に生息する小型霊長類であり、学術名はCallithrix jacchus。霊長類の中でも小型で取り扱いやすく、繁殖力が高いなど多くの利点を持っており、さまざまな医学研究に用いられている。特に、げっ歯類に比べてヒトに比較的近い脳構造を持つことから、薬物投与や疾患モデルとして、疾患解明に向けた脳科学研究において注目されている。

[3] 神経線維連絡
脳の異なる領域間が、神経細胞から伸びた軸索により解剖学的につながっていること、またはその経路のこと。

[4] ネットワーク
脳はいくつもの領野で構成されており、それぞれの領野が複雑に連絡を取り合っている。この連絡をネットワークと呼ぶ。脳ネットワークは、神経線維連絡などの構造的なものと脳活動などの機能的なものに分けられる。

[5] マルチコントラスト
MRIでは解剖学的な断面を画像化するのみでなく、水分量、細胞密度、神経構造、脳活動など、いくつもの生体情報を計測することが可能であり、それらの画像をまとめてマルチコントラストと呼ぶ。

[6] 超高磁場
MRI装置は、静磁場と呼ばれる磁石(静磁場磁石)で包まれた構成をしている。臨床機では、1.5Tや3.0Tといった磁場強度の静磁場磁石が用いられている。磁場強度が上がるほど得られる信号が上昇し、高分解能画像を取得できる。本研究で使用した装置は9.4Tであり、非常に高い磁場強度を持ち、これは超高磁場に分類される。

[7] T1強調画像、T2強調画像
MRI装置では生体の断面図を取得できるが、この断面図の画像コントラスト(画像上の白や黒)には多々の生体情報が反映される。これら生態情報の一つが水分子の緩和能(熱エネルギーの遷移スピード)に起因しており、T1、T2といった物理値で表される。

[8] パルスプログラム
MRI装置では、磁場やラジオ波を複雑なタイミングや強度で加えることにより、画像を撮像したり、生体内のコントラストを作り出したりする。この磁場やラジオ波のパルスは本プログラムにより動作を指示している。

[9] 拡散強調画像
MRI装置では、生体内における水分子の動きの速度や方向を数値として計測し、その値を画像化できる。この画像を拡散強調調像と呼ぶ。主に、脳梗塞の臨床診断や神経線維走行の可視化などに用いられる。

[10] 安静時脳活動
MRI装置では、脳の活動量を計測できる。BOLD(blood oxygenation level-dependent)効果と呼ばれる、血流に起因した信号を脳活動に置き換えることで画像化する。脳は安静時(何もしていないとき)にも活動しており、安静時脳活動はその際の活動量や脳領域を指す。

[11] 領野アトラス
脳にあるいくつもの領野を地図のようにマッピングしたもの。脳の画像などに重ね合わせることで、変化の起きている脳領野の名称を判断できる。

共同研究グループ

理化学研究所 脳神経科学研究センター
 マーモセット神経構造研究チーム   
  チームリーダー     岡野栄之   (オカノ・ヒデユキ)
  (慶應義塾大学医学部 生理学教室 教授)
  客員研究員       畑 純一   (ハタ・ジュンイチ)
  (東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 准教授)
  客員研究員       吉丸大輔   (ヨシマル・ダイスケ)
  (東京慈恵会医科大学 再生医学研究部 助教)
  研究員         岸 憲幸   (キシ・ノリユキ)
  研究員(研究当時)   羽賀 柔   (ハガ・ヤワラ)
  テクニカルスタッフⅠ  萩谷 桂   (ハギヤ・ケイ)
 統合計算脳科学連携部門 コネクトミクス開発ユニット
  ユニットリーダー    アレクサンダー・ウッドワード
                     (Alexander Woodward)
  研究員         ルイ・ゴン  (Rui Gong)
  テクニカルスタッフⅠ  前田真秀   (マエダ・マサヒデ)
  テクニカルスタッフⅠ  フレデリック・パパジアン
                     (Frederic Papazian)
 認知機能表現研究チーム
  チームリーダー(研究当時、現特別顧問)     
              田中啓治   (タナカ・ケイジ)
 高次脳機能分子解析チーム(研究当時)
  チームリーダー     山森哲雄   (ヤマモリ・テツオ)
  研究員         渡我部昭哉  (ワタカベ・アキヤ)
  研究員         阿部 央   (アベ・ヒロシ)
  研究員         谷 利樹   (タニ・トシキ)
 脳画像解析開発ユニット
  ユニットリーダー    ヘンリック・スキッベ
                     (Henrik Skibbe)
 脳発達分子メカニズム研究チーム
  チームリーダー     下郡智美   (シモゴオリ・トモミ)
 生命機能科学研究センター 脳コネクトミクスイメージング研究チーム
  研究員         植松明子   (ウエマツ・アキコ)
自然科学研究機構 生命創成探究センター 理論生物学研究グループ
  特任准教授       中江 健   (ナカエ・ケン)
中部大学 AI数理データサイエンスセンター
  准教授         塚田啓道   (ツカダ・ヒロミチ)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科
  大学院生(研究当時)  飯田真由   (イイダ・マユ)
実験動物中央研究所 ライブイメージングセンター
  研究員         関布美子   (セキ・フミコ)
国立精神・神経医療研究センター 微細構造研究部
  部長          一戸紀考   (イチノヘ・ノリタカ)
京都大学 
 ヒト行動進化研究センター
  特定助教         兼子峰明   (カネコ・タカアキ)
 情報学研究科 システム科学専攻 システム情報論講座
  教授          石井 信   (イシイ・シン)
沖縄科学技術大学院大学 神経計算ユニット
  教授          銅谷賢治   (ドウヤ・ケンジ)
  研究員(研究当時)   グティエレツ・カルロス・エンリケ
                     (Carlos Enrique Gutierrez) 
  研究員(研究当時)   濱田太陽   (ハマダ・タイヨウ)
東京慈恵会医科大学 再生医学研究部
  教授          岡野ジェイムス洋尚
                     (オカノ・ジェイムス・ヒロタカ)

研究支援

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)脳とこころの研究推進プログラム「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」の「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明(中核拠点)(研究代表者:岡野栄之、宮脇敦史)」「革新脳データベースに基づいたデータ駆動型統合モデルの開発(研究代表者:中江健)」「脳構造・機能マップによる多階層モデルのための計算技術開発(研究代表者:銅谷賢治)」、文部科学省先端研究基盤共用促進事業「研究用MRI共有プラットホーム(研究者代表者:齋藤茂芳)」の助成を受けて行われました。

発表者・機関窓口

発表者 

※研究内容については発表者にお問い合わせください。

理化学研究所 脳神経科学研究センター マーモセット神経構造研究チーム
  チームリーダー  岡野栄之   (オカノ・ヒデユキ)
    (慶應義塾大学医学部 生理学教室 教授)
  客員研究員    畑 純一   (ハタ・ジュンイチ)
    (東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 准教授)
自然科学研究機構 生命創成探究センター 理論生物学研究グループ
  特任准教授    中江 健   (ナカエ・ケン)

機関窓口

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 050-3495-0247
Email: ex-press [at] ml.riken.jp

慶應義塾大学信濃町キャンパス 総務課広報担当
Tel: 03-5363-3611 Fax: 03-5363-3612
Email: med-koho [at] adst.keio.ac.jp

東京都立大学管理部 企画広報課
Tel: 042-677-1806
Email: info [at] jmj.tmu.ac.jp

生命創成探究センター 研究戦略室
Tel: 0564-59-5203 Fax: 0564-59-5202
Email: excells-public [at] orion.ac.jp

※上記の[at]は@に置き換えてください。