自然科学研究機構生命創成探究センター/生理学研究所のソン・チホン特任助教、村田和義特任教授の研究グループは、大阪大学超高圧電子顕微鏡センターの光岡薫教授の研究グループと共同で、超高圧電子顕微鏡センターに設置された超高電圧クライオ電子顕微鏡※1を用いて、巨大ウイルスの一種“トーキョーウイルス”の粒子構造を7.7 Å(オングストローム※2)の解像度で明らかにしました。この研究成果により、巨大なウイルス遺伝子を格納する新規な巨大カプセルの構造が明らかになりました。
本研究成果は、日本時間 2022年 12月 12日に、米国の国際学術誌「Scientific Reports」にオンライン公開されました。
巨大ウイルス“トーキョーウイルス”の粒子構造を超高電圧クライオ電子顕微鏡で解明〜巨大なウイルス遺伝子を格納する巨大カプセルの構造が明らかに〜
EurekAlert!にも掲載されました。[2022.12.18]
High-voltage cryo-electron microscopy reveals tiny secrets of ‘giant’ viruses
発表のポイント
- 小型の細菌に匹敵する大きさ(250 nm※3)を持つ巨大ウイルスの一種、トーキョーウイルスの粒子構造を大阪大学超高圧電子顕微鏡センターに設置された超電高圧クライオ電子顕微鏡※1を用いて加速電圧1 MV※4で観察し、7.7Å※2の解像度で明らかにしました。
- 結果、巨大なウイルス遺伝子を格納する新規な巨大カプセルの構造が明らかになりました。
- 多くのウイルス粒子の表面は、共通する規則正しく配列したメジャーカプシドタンパク質(MCP)で覆われています。トーキョーウイルスでは、このMCPの直下にこれを支えるマイナーカプシドタンパク質(mCP)の新規なネットワーク構造が存在しました。
- mCPと巨大なウイルス遺伝子を包む核膜との間には足場タンパク質(ScP)が発達し、これがこの巨大ウイルスに特徴的な核膜上の突起構造を形成するのに機能していることがわかりました。
- MCPの外側にはさらに未知のタンパク質が配置されていました。トーキョーウイルスの近縁種は、宿主であるアメーバの表面に吸着することが知られています。この先端のタンパク質が宿主への吸着に関与しているのではないかと考えられました。
研究の背景
巨大ウイルスは、今世紀に入ってその存在が確認されて以降、世界各地での発見が相次いでいます。その名の通り、粒子サイズも遺伝子のサイズも小型の細菌に匹敵するほど大きく、複雑な構造を持ったDNAを遺伝子として持つウイルスです。巨大ウイルスは、これまでのウイルスの概念を大きく覆す存在であり、また遺伝子の多彩さや生物と似た特徴を持つことから、真核生物の起源の謎を解くカギとして注目されており、その遺伝子解析などが積極的に行われています。その一方で、巨大ウイルスの構造に関する報告は数えるほどしかありません。
巨大ウイルスの構造研究を難しくしている要因は、その大きさにあります。一般的なウイルス粒子の構造解析の場合、電子の加速電圧が300kVまでの中型の透過型電子顕微鏡を用いられ、ウイルスの多くの投影像からその立体構造を再構築します。しかしこの方法では、試料を十分に電子線が透過しかつ一度にピントが合う範囲が数百nm※3と限られています。よって、大きさが数百nmを超える巨大ウイルスの場合、この方法ではその正確な投影像を記録することができません。そこでこれまでは、ピントが合う周辺の部分的な構造を解析して、これをつなぎ合わせることで巨大ウイルス全体の構造を再構築する必要がありました。本研究では、大阪大学超高圧電子顕微鏡センターに設置された超高電圧クライオ電子顕微鏡※1(図1A)を用いて直径が250 nm※3のトーキョーウイルスの高解像度の投影像を加速電圧1MV※4で記録することで、その全体構造を7.7 Å※2の解像度で明らかにすることができました。その結果、巨大なウイルス遺伝子を格納するための新規な巨大カプセルの詳細な構造が明らかになりました。
研究成果
超高電圧クライオ電子顕微鏡※1(図1A)を用いてトーキョーウイルスの画像データを加速電圧1MV※4で収集することで、7.7 Å※2の解像度でその全体構造を明らかにすることができました(図1B)。この3次元再構築像から、トーキョーウイルス粒子が表面から順にメジャーカプシドタンパク質(MCP)、マイナーカプシドタンパク質(mCP)、足場タンパク質(ScP)、核膜(IM)、ウイルスDNA(NC)で構成されていることが明らかになりました(図1C)。MCPは他のウイルスでも見られる共通した外殻を構成するタンパク質です(図2Aの薄青色)。一方、mCPは主に巨大ウイルスのような大きな殻においてみられる構造で、MCPをサポートする役割を持ちます(図2Aの青色)。そして、トーキョーウイルスではさらにその内側にScPが正二十面体の殻の5回軸頂点の間に張り巡らされており(図2Aの黄色)、これがこのウイルスで特徴的な5回頂点直下の核膜の突起構造(図2Aの灰色上の*)を形成するのに機能していることがわかりました。この突起部分はウイルスが遺伝子を交換するのに機能すると考えられました。今回、トーキョーウイルスのmCPは7種類の構造物が複雑に組合わされた新規なネットワーク構造を取っていることがわかりました(図2B)。また、外殻を構成するMCPのさらに外側には別の未知のタンパク質が見つかりました(図3Aの白色、Bの赤色部分)。トーキョーウイルスの近縁種では、宿主であるアメーバの表面に吸着することが知られています。この先端の未知のタンパク質が宿主への吸着に関与しているのではないかと考えられました。
成果の意義および今後の展開
本研究では、超高電圧クライオ電子顕微鏡が巨大ウイルスの高解像度構造解析に有効であることを示しました。また、本成果により、巨大ウイルスにおける巨大なウイルス遺伝子を安全に格納するカプセルの新規な構造を明らかにするとともに、本ウイルスが遺伝子を交換するため、および宿主アメーバを選択するための構造的基盤を発見することができました。本研究をきっかけとして、さらに多くの巨大ウイルスの構造が明らかになり、ウイルスの進化、及び真核生物の起源が遺伝子からの情報だけではなく構造的な観点からも解き明かされていくと期待されます。
図1 A)大阪大学超高圧電子顕微鏡センターに設置された超高電圧クライオ電子顕微鏡。B)7.7 Åの解像度で再構築された直径250 nmのトーキョーウイルスの外形。正二十面体構造の2回、3回、5回対称軸をそれぞれ5角形、三角形、ナツメ型で示す。h=7、k=13は正二十面体構造の大きさを表す指標。これよりT=309という大きさの正二十面体構造であることが示された。左下に大きさの比較のためノロウイルス(直径40 nm、T=3)を示す。C)中心を通るスライス像。主に粒子表面から、MCP(メジャーカプシドタンパク質)、mCP(マイナーカプシドタンパク質)、ScP(足場タンパク質)、IM(核膜)、NC(ウイルスDNA)で構成される。核膜にはトーキョーウイルスに特徴的な隆起(*)が見られ、足場タンパク質(矢印)がこれを形成する。
図2 A)トーキョーウイルスの粒子構造。外側から、MCP:メジャーカプシドタンパク質(薄青)、mCP:マイナーカプシドタンパク質(青)、ScP:足場タンパク質(黄色)、IM:核膜(灰色)で内部の巨大ウイルスDNAを包含している。*は核膜の突起構造。B)7種類の構造物が複雑に組合わされた新規なネットワーク構造とScP(黄色)。mCPを殻の内側から投影。5回軸頂点(下の左右)の間に三角形のmCPネットワークが広がる。
図3 A)MCPの部分に別のウイルスのMCP構造モデルを当てはめた図。上部分(構造モデルが当てはめられていない白色領域)にMCP以外の未知のタンパク質の存在が認められた。B)未知のタンパク質部分を赤色で示す。
研究サポート
本研究は、科学研究費補助金 新学術領域「ネオウイルス学」(JP19H04845)、ExCELLS共同利用研究(20-004, 22EXC601)、生理研共同利用研究(20-239)スウェーデン王立科学アカデミー等の支援を受けて行われました
掲載論文
雑誌名:Scientific Reports
論文タイトル:A novel capsid protein network allows the characteristic internal membrane structure of Marseilleviridae giant viruses
著者: Akane Chihara†, Raymond N. Burton-Smith†, Naoko Kajimura, Kaoru Mitsuoka, Kenta Okamoto, Chihong Song*, Kazuyoshi Murata*.
(†共筆頭著者、*責任著者)
掲載日:日本時間2022年12月12日
DOI:10.1038/s41598-022-24651-2
論文URL:https://doi.org/10.1038/s41598-022-24651-2
発表者
千原あかね(総合研究大学院大学、大学院生),Raymond Burton-Smith(生命創成探究センター、ExCELLSフェロー),梶村直子(大阪大学超高圧電子顕微鏡センター、特任研究員)、光岡薫(大阪大学超高圧電子顕微鏡センター、教授)、岡本健太(ウプサラ大学、独立研究員)、Chihong Song(生命創成探究センター/生理学研究所、特任助教),村田和義(生命創成探究センター/生理学研究所、特任教授)
用語解説
- ※1:超高電圧クライオ電子顕微鏡
大きな生物試料を低温(約-170℃)で観察することができる電子顕微鏡。1MV※4以上の超高電圧で加速させた電子を線源に用いることで、通常では観察できないミクロン(1/1,000 mm)オーダーの大きさの生物試料を水溶液環境中で凍結させて、そのまま観察することができる。 - ※2:Å(オングストローム)
長さの単位。1Å = 1 / 10,000,000 mm。1 Åは水素原子約一個分の大きさ。 - ※3:nm(ナノメートル)
長さの単位。1nm = 1 / 1,000,000 mm。10 Å = 1 nm。 - ※4:MV(メガボルト)
電子を加速する電圧の単位。1MV = 1,000,000V。
本件に関するお問い合わせ先
研究全般について
自然科学研究機構 生命創成探究センター/生理学研究所
特任教授 村田 和義
TEL:0564-55-7893 FAX:0564-55-7895
E-mail:kazum_at_nips.ac.jp
※_at_は@にご変更ください。
報道について
自然科学研究機構 生命創成探究センター 研究戦略室
TEL:0564-59-5201 FAX:0564-59-5202
E-mail: press_at_excells.orion.ac.jp
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
TEL: 0564-55-7722 FAX: 0564-55-7721
E-mail: pub-adm_at_nips.ac.jp
大阪大学 工学研究科 総務課 評価・広報係
TEL:06-6879-7231 FAX:06-6879-7210
E-mail: kou-soumu-hyoukakouhou_at_office.osaka-u.ac.jp
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