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2019年05月22日
  • プレスリリース
魚類が高速遊泳をするときに遅筋の活動を抑える神経機構を特定

脊椎動物の高速運動時には、速筋線維による素早い筋収縮を可能にするために、遅筋線維の活動を弱めることがあります。しかしその際、どのような制御が神経系により行われているかは分かっていませんでした。今回、基礎生物学研究所 神経行動学研究部門/生命創成探究センター 神経ネットワーク創発研究グループの木村 有希子 助教、東島 眞一 教授は熱帯魚であるゼブラフィッシュを材料に用いて、この問題の解明に取り組みました。その結果、ゼブラフィッシュ幼魚の高速遊泳時には、脊髄に存在する抑制性ニューロンの一種であるV1ニューロンが、遅筋を制御する運動ニューロンの活動を抑制し、それによって遅筋の活動が抑制されることが明らかにされました。V1ニューロンは転写因子En1の発現によって同定されるニューロンで、脊椎動物全般に存在します。本研究は、哺乳類など他の脊椎動物の高速運動における脊髄神経回路による筋活動の制御機構の研究にも役立つことが期待されます。本研究成果はNature Communications誌に、2019年5月22日付で掲載されます。

研究の背景

脊椎動物は様々なスピードで移動運動を行います。その際、スピード変化に応じて筋肉の活動が変化します。筋肉を構成する筋線維には、遅筋線維と速筋線維が存在します。遅筋線維は収縮速度が遅く疲れにくいという性質、速筋線維は収縮速度が速く疲れやすいという性質を持ちます。一般的には、遅い運動ではまず遅筋繊維が活動し、運動のスピードが増えるにつれて、速筋繊維も活動に参加すると考えられています。しかし、実際には、力学的に効率的な筋活動を行うために、高速運動時に遅筋線維の活動が低下する状況もあることが知られています。例えば、ゼブラフィッシュ幼魚は、敵からの刺激を受けると、逃避行動に続く高速遊泳で急速に敵から遠ざかろうとします。このとき、通常の遊泳に比べて速筋線維の活動は増加しますが、遅筋線維の活動は低下します。これは、速筋線維の速い収縮弛緩を遅筋線維の活動が妨害しないようにして、高速遊泳を行うための仕組みと考えられます。しかし、この現象を制御する神経機構は分かっていませんでした。

本研究では、ゼブラフィッシュの幼魚を用いることで、高速運動時の遅筋線維の活動を抑制する神経機構を明らかにすることを目指しました。ゼブラフィッシュ幼魚を用いる理由は、単純な筋肉と神経系を持つことから、実験がしやすいという利点があるからです。哺乳類では、速筋線維と遅筋線維がひとつの筋肉に混在しているために解析が難しいのですが、魚類では速筋線維は速筋に、遅筋線維は遅筋に偏在することから解析が容易です。

本研究で研究グループは、高速運動時の遅筋の活動抑制を制御するニューロンとして、脊髄の抑制性介在ニューロンの一種であるV1ニューロンに注目しました。V1ニューロンは転写因子En1の発現で同定されるニューロンです。研究グループはV1ニューロンが遅筋を制御する運動ニューロンの発火を高速運動時に抑制し、その結果遅筋の活動を高速運動時に低下させる役割を持つとの仮説を立て、ゼブラフィッシュ幼魚を使って、これを検証しました。

研究の成果

本研究では、V1ニューロンの役割を調べるために、脊髄V1ニューロンを遺伝学的に除去した遺伝子組み換えゼブラフィッシュを作成しました(図1)。

図1 野生型魚とV1ニューロン除去魚。V1ニューロンのマーカーである転写因子En1を発現する細胞を緑色蛍光タンパク質(GFP)で可視化している。野生型の魚で脊髄に観察されるGFP陽性細胞がV1ニューロンを遺伝学的に除去した魚ではなくなっている。

このV1ニューロン除去魚で、遅筋に投射する運動ニューロンの発火パターンを調べました。野生型の魚では、遅筋に投射する運動ニューロンは高速遊泳では活動せず、低速遊泳のみで活動します。一方、V1ニューロンを除去した魚では、遅筋に投射する運動ニューロンが、高速遊泳の起こる状況でも活動するようになりました(図2)。この結果は、遅筋に投射する運動ニューロンが高速遊泳時に発火を停止するためにV1ニューロンが必要であることを示唆しています。

図2 V1ニューロン除去による遅筋投射型運動ニューロンの発火パターンの変化。野生型のゼブラフィッシュ幼魚の尾部に短い電気刺激を与える(青三角)と、その直後に高速遊泳、その後低速遊泳が起こる。その際、遅筋に投射する運動ニューロンは刺激直後の高速遊泳では発火せず、低速遊泳で発火する。しかし、V1ニューロンを除去すると、刺激直後から遅筋に投射する運動ニューロンが発火するようになった。

また、遅筋に投射する運動ニューロンが遊泳中に受ける入力を調べると、野生型の魚では、高速遊泳時に強い抑制性入力を受けていますが、V1ニューロンを除去した魚では、高速遊泳が起こる状況で受ける抑制性入力が減少することが分かりました。以上の結果から、V1ニューロンは高速遊泳時に遅筋に投射する運動ニューロンを抑制し、その活動を停止させていると考えられます。

さらに、V1ニューロン除去がゼブラフィッシュ幼魚の遊泳における筋肉の活動に及ぼす影響を調べるために、速筋と遅筋が遊泳中に受ける入力を調べました。その結果、野生型では高速遊泳時には主に速筋が強い入力を受け、遅筋は弱い入力しか受けませんが、V1ニューロンを除去した魚では、速筋と遅筋が同時に強い入力を受けるようになっていました(図3)。V1ニューロンの除去により、遅筋に投射する運動ニューロンが高速遊泳が起こる状況でも活動することになり、速筋と遅筋が同時に活動するようになっていると考えられます。

図3 野生型魚とV1ニューロン除去魚における速筋と遅筋の同時記録。野生型のゼブラフィッシュ幼魚では、速筋は高速遊泳で強い入力を受け、遅筋は低速遊泳で強い入力を受ける。速筋が活動する高速遊泳時には遅筋が受ける入力は弱い。ところが、V1ニューロンを除去した魚では速筋と遅筋が同時に強い入力を受けるようになった。

以上の結果から、脊髄V1ニューロンは、高速遊泳時に遅筋に投射する運動ニューロンの活動を抑制し、高速遊泳時の遅筋の活動を抑制することが明らかになりました(図4)。

図4 V1ニューロンの高速遊泳における役割。ゼブラフィッシュ幼魚の高速遊泳時には、脊髄V1ニューロンは遅筋に投射する運動ニューロンを強く抑制し、興奮性入力を打ち消すことで運動ニューロンの活動を停止させる。その結果、遅筋の活動を抑制する。

今後の展望

様々な速度の運動には、その運動に力学的に適した速筋と遅筋の制御が必要とされます。しかし、その神経制御機構は詳しく分かっていませんでした。本研究は、魚類において高速運動時の遅筋活動の抑制に脊髄の抑制性ニューロンであるV1ニューロンが重要な役割を果たしていることを明らかにしました。V1ニューロンは転写因子En1の発現によって同定されるニューロンです。En1の発現パターンは脊椎動物間で進化的に保存されており、哺乳類にもV1ニューロンは存在します。哺乳類のV1ニューロンも魚類と同様の働きをしている可能性があります。ただし、速筋と遅筋が明確に区別される魚類と異なり、哺乳類では、多くの筋肉で速筋線維と遅筋線維が混在します。そのため、哺乳類を用いた解析は難しく、哺乳類でも高速運動時に遅筋線維の活動低下が生じる状況があることは示唆されていますが、詳しいことは分かっていません。本研究を契機として、哺乳類の遅筋線維活動のV1ニューロンによる制御機構についても、解析が進められることが期待されます。

補足説明

(図2の注1) V1ニューロンは高速遊泳のリズムを作るために必要なニューロンでもある。そのため、V1ニューロン除去魚では、刺激後の遊泳は実際には低速で、高速遊泳は起きない。ただし、V1ニューロン除去魚でも、刺激により脳から脊髄へ高速遊泳を行うための入力は生じていると考えられる(速筋を制御するニューロンの活動が刺激後に観察されるため)。V1ニューロンが高速遊泳に必要なニューロンであることは、従来の研究から示唆されてきたが、本研究によりこれが証明されたことも、本研究の成果のひとつである。V1ニューロンによる高速遊泳のリズム調節は、高速遊泳時に活動する脊髄ニューロン(遅筋を制御するニューロンとは別)に対するV1ニューロンによる抑制が関与する。本研究は、V1ニューロンが遊泳スピードの制御と、高速遊泳時の遅筋の抑制という2つの役割を担うことを明らかにしている。

発表雑誌

雑誌名
Nature Communications 2019年5月22日号

論文タイトル
Regulation of locomotor speed and selection of active sets of neurons by V1 neurons

著者
Yukiko Kimura, Shin-ichi Higashijima

研究グループ

基礎生物学研究所 神経行動学研究部門/生命創成探究センター 神経ネットワーク創発研究グループの木村有希子助教、東島眞一教授の研究グループにより行われました。

研究サポート

本研究は、科学研究費補助金のサポートを受けて行われました。

発表機関

自然科学研究機構 基礎生物学研究所
自然科学研究機構 生命創成探究センター

本研究に関するお問い合わせ先

基礎生物学研究所 神経行動学研究部門
生命創成探究センター 神経ネットワーク創発研究グループ
助教 木村 有希子
TEL: 0564-59-5876
E-mail: ykimura_at_nibb.ac.jp ※_at_は@にご変更ください。

報道担当

基礎生物学研究所 広報室
TEL: 0564-55-7628
Fax: 0564-55-7597
E-mail: press_at_nibb.ac.jp ※_at_は@にご変更ください。

自然科学研究機構 生命創成探究センター 広報担当
TEL: 0564-59-5504
Fax: 0564-59-5226
E-mail: press_at_excells.orion.ac.jp ※_at_は@にご変更ください。