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2025年06月25日
  • プレスリリース
宇宙実験が拓くアルツハイマー病研究の新展開
〜Tottori線維構造を宇宙で初解明

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発表のポイント

  • アルツハイマー病の原因物質であるアミロイドβ(Aβ)の家族性変異「Tottori型(D7N変異)」について、国際宇宙ステーションの微小重力環境を活用した実験により、世界で初めてその線維構造の解明に成功しました。
  • 微小重力環境下では、地上で優先的に形成される無秩序な凝集体の生成が抑制され、Aβが効率的に線維化することで、高精度な構造解析が可能となりました。
  • クライオ電子顕微鏡による解析の結果、D7N変異によりN末端領域が構造化されず、線維のコア構造の安定性が失われることで異常凝集が促進される分子メカニズムが明らかとなりました。

本研究結果は、ACS Chemical Neuroscience 誌(日本時間2025年6月25日午前3時解禁)に掲載されました。

研究の詳しい内容

1. 背景

アミロイドβ(Aβ)注1) は、アルツハイマー病における脳内の異常タンパク質沈着物の主成分です。Aβが線維状に自己集合する過程(線維化)は、疾患発症の鍵を握ると考えられています。これまでに、Aβ線維の多様な構造型が報告されてきましたが、家族性アルツハイマー病に関連する変異型Aβの線維構造については、解明が進んでいないものが多く残されています。

Tottori型 注2) と呼ばれる家族性変異は、AβのN末端領域に位置するアスパラギン酸7番(D7)がアスパラギン(N)に置き換わることで、通常とは異なる凝集挙動を示すことが知られています。しかしこの変異型は、地上条件ではかたちの整ったアミロイド線維を形成しにくく、代わりに無秩序なアモルファス凝集体 注3) となってしまうため、従来の手法では構造解析が困難でした。このような「解析不能な凝集体」の構造を解明するには、新たなアプローチが求められていました。

2. 本研究の手法と成果

自然科学研究機構・生命創成探究センター(ExCELLS)を中心とする研究グループは、国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟を活用し、アルツハイマー病に関連する家族性変異型アミロイドβ(Aβ)「Tottori型(D7N変異)」の線維形成と構造解析に世界で初めて成功しました。

地上では無秩序な凝集体(アモルファス凝集体)が優先的に形成され、構造解析が困難であったTottori型Aβ40に対して、微小重力 注4) 環境下ではアモルファス凝集が抑えられ、効率的な線維化が促進されました。これにより、クライオ電子顕微鏡 注5) を用いた詳細な構造解析が可能となりました。得られた線維構造では、N末端領域が柔軟で秩序立った構造をとっていないことが確認され、D7N変異により野生型Aβで見られるN末端によるコア構造の安定化機構が失われていることが示唆されました。この変異は、電荷バランスの変化や疎水性の増加を通じて、アモルファス凝集を促進し、線維化の妨げとなっていると考えられます。しかし、微小重力環境では、重力に起因する対流や沈降が抑えられることで、アモルファス凝集の発生が制限され、構造が収束した高品質な線維が形成されました。

この成果は、Aβ線維形成における自由エネルギー地形の解明に新たな視座を提供するだけでなく、家族性アルツハイマー病の分子機構解明や、将来的な診断・治療標的の開発にも貢献が期待されます。

図:(左) Tottori型アミロイドβの集合形態。地上では無秩序な凝集体ができるのに対し、微小重力下では線維形成がみられた。(右)微小重力下で形成したTottori型アミロイド線維の構造(コア構造)。N末端領域は柔軟で秩序立った構造をとっていないことが明らかとなった。

 

3. 本研究の学術的意義および研究の展望

本研究は、微小重力環境がタンパク質凝集過程に与える影響を構造レベルで実証した初めての成果であり、Aβの病態関連変異体の構造生物学における新たな展開を示すものです。D7N変異によってAβのN末端が線維コアの安定化に寄与できなくなり、その結果としてアモルファス凝集が誘導されるという、新たな凝集制御メカニズムが明らかになりました。本成果は、家族性アルツハイマー病の病態解明や構造に基づく創薬戦略に貢献する可能性があります。今後は、他のAβ変異体や病態関連タンパク質に対しても、微小重力下での構造解析を進め、凝集体の構造多様性を包括的に明らかにしていくことが期待されます。

4. 用語説明

注1)アミロイドβ(Aβ):脳内でアミロイド線維を形成するペプチドで、アルツハイマー病の主要な原因物質とされる。

注2)Tottori型(D7N変異):アミロイドβの7番目のアスパラギン酸(D)がアスパラギン(N)に変異した、家族性アルツハイマー病の一型。

注3)アモルファス凝集体:秩序だった線維構造ではなく、ランダムに凝集した非線維性のタンパク質集合体。

注4)微小重力:地球の重力をほとんど感じない環境。宇宙空間では重力による対流や沈降が抑制される。

注5)クライオ電子顕微鏡:凍結した試料を電子線で観察し、ナノメートル〜原子レベルの構造を可視化する手法。

研究助成等について

本研究は、以下の助成金により支援されました。

AMED創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(JP24ama121005JP21am0101072)、文部科学省 共同利用・共同研究システム形成事業 学際領域展開ハブ形成プログラム(JPMXP1323015482)、科学研究費補助金(JP19K07041矢木真穂)、JST 戦略的創造研究推進事業さきがけ(JPMJPR22AC矢木真穂)、名古屋市立大学特別研究奨励費(2212008、2222004、2412012矢木真穂)、 生命創成探究センター共同利用研究(24EXC60122EXC60122EXC354)、生理学研究所共同利用研究(24NIPS12823NIPS10722NIPS10621-14220-146

論文情報

  • 雑誌名:ACS Chemical Neuroscience
  • 論文名:Microgravity-Assisted Exploration of the Conformational Space of Amyloid β Affected by Tottori Type Familial Mutation D7N
  • 著者:Yagi-Utsumi†, Maho; Yanaka, Saeko; Burton-Smith, Raymond; Song, Chihong; Ganser, Christian; Yamazaki, Chiaki; Kasahara, Haruo; Shimazu, Toru; Uchihashi, Takayuki; Murata, Kazuyoshi; Kato, Koichi*
    (†筆頭著者, *責任著者)
  • DOI:10.1021/acschemneuro.5c00217

お問い合わせ先

研究内容に関するお問い合わせ

自然科学研究機構 生命創成探究センター/分子科学研究所 教授
名古屋市立大学大学院薬学研究科 特任教授
加藤 晃一
E-mail:kkatonmr_at_ims.ac.jp

広報に関するお問い合わせ

自然科学研究機構 生命創成探究センター(ExCELLS)研究力強化戦略室
E-mail:press_at_excells.orion.ac.jp

自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
E-mailpress_at_ims.ac.jp 

公立大学法人 名古屋市立大学 経営企画部 広報室 広報係
E-mail:ncu_public_at_sec.nagoya-cu.ac.jp

自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
E-mail: pub-adm_at_nips.ac.jp

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学 総務部広報課
E-mail:nu_research_at_t.mail.nagoya-u.ac.jp 

※_at_を@に変換してください。

 

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