大学共同利用機関シンポジウム2020 開催のお知らせ

大学共同利用機関シンポジウム2020「宇宙・物質・エネルギー・生命・情報・人間文化:オンラインで研究者と話そう」が開催されます。
 
日時:2020年10月17日(土)~18日(日)オンライン開催!/参加無料・参加登録要
詳細・申し込み: https://ius.4kikou.org 

「生物画像データ解析トレーニングコース 2020」を開催します。
 
日程:
2020年12月9日(水)~11日(金)

申込締切日:
2020年10月9日(金)

概要:
実際に顕微鏡等の画像を扱っているが、その処理・解析については比較的初心者である生物学系の研究者の方々を対象に、「簡易な画像処理・解析は自分で遂行できるようになる」「技術的に高度な問題について専門家に適切な相談ができる基礎を体得する」ことを目指します。
 
詳しいコース内容および申し込み方法につきましてはこちらのHPをご覧下さい。
 

目の水晶体(レンズ)が形成される過程では、まずレンズ線維細胞が分裂して増殖します。その後増殖が停止し、細胞が圧縮されると共にレンズ特有のタンパク質であるクリスタリンなどが合成されることによって、透明なレンズ核が形成されます。このようなレンズの分化の際に一過的に増加するタンパク質合成(「翻訳」)制御因子として、RNG140 (caprin2) が知られています。RNG140を欠損したマウスでは、実際にレンズ核の形成不全が起こることが報告されています。しかし、RNG140がどのようにレンズ核形成に関与するのかは不明でした。
基礎生物学研究所/生命創成探究センターの中沢香織大学院生(総合研究大学院大学)、椎名伸之准教授らの研究グループは、理化学研究所開拓研究本部(七野悠一基礎科学特別研究員、岩崎信太郎主任研究員)の研究グループと共同で、RNG140が翻訳を抑制する仕組みを明らかにしました。レンズ分化の際にクリスタリンなどの翻訳が抑制されると分化に不具合が生じてしまいます。しかし、RNG140はそれらレンズ分化に関わる翻訳は抑制せずに、逆に細胞増殖の促進に関わる翻訳を抑制するという巧妙な選択性を持つことがわかりました。この仕組みにより、RNG140はレンズ線維細胞の増殖を低下させて分化に向かわせるスイッチの役割を担っていると考えられました。

これらの成果は、2020年10月23日に米国の学術誌Journal of Biological Chemistry誌に掲載される予定で、掲載に先立ってオンライン公開されました。

図1:目のレンズ分化におけるRNG140による選択的なタンパク質合成(翻訳)の抑制
 

研究の背景

ゲノムDNA上の遺伝情報は伝令RNAに「転写」され、この伝令RNAを鋳型にしてリボソームでタンパク質が合成(「翻訳」)されることで、遺伝情報から機能的なタンパク質を作り出します。RNG140は伝令RNAに直接結合しその翻訳を抑制することが報告されていました。また、RNG140欠損マウスではレンズ核の圧縮をはじめとしたレンズの異常が生じることが知られていました。しかし、RNG140による翻訳抑制がどのようにレンズの形成不全と関連するかは不明でした。
そこで本研究では、RNG140による翻訳抑制の仕組みを明らかにすると共に、その仕組みによって、数万種類存在する伝令RNAのうち、どれの翻訳を抑制することがレンズの分化につながるのかを明らかにする研究に取り組みました。
 

研究の成果

RNG140は翻訳開始因子eIF3の活性を抑制する
培養細胞(卵巣由来CHO細胞やレンズ由来SRA 01/04細胞)にRNG140を過剰に発現すると、伝令RNAに結合していないリボソームが増加し、全体的な翻訳が低下しました。これらの細胞ではRNG140は翻訳開始因子eIF3と結合していることが質量分析の結果からわかりました。そこでeIF3依存的及び非依存的翻訳のレポーター解析を行い、その結果、RNG140はeIF3の活性を抑制することで翻訳を抑制することが明らかになりました(図2)。


図2:RNG140はeIF3に結合し、eIF3の活性を抑制することで翻訳を抑制する

RNG140は細胞増殖に関与する長い伝令RNAの翻訳を抑制する
培養細胞に過剰発現したRNG140がどの伝令RNAの翻訳を抑制するのかを、リボソームプロファイリング法により網羅的に解析しました。その結果、長い伝令RNAの翻訳が抑制され、他方、短い伝令RNAの翻訳は相対的に上昇する傾向にあることがわかりました。さらに翻訳抑制された長い伝令RNAは細胞増殖の促進に関連するものを多く含んでおり、実際にRNG140過剰発現細胞では細胞増殖の速度が低下しました。

レンズの分化に関連する短い伝令RNAはRNG140による翻訳抑制を回避する
マウスの目において、RNG140の欠損が翻訳に及ぼす影響を、リボソームプロファイリング法により網羅的に解析しました。その結果、培養細胞におけるRNG140過剰発現とは逆相関する結果が得られました。すなわち、細胞増殖を促進する長い伝令RNAの翻訳は、RNG140による抑制が解除されて上昇し、他方、短い伝令RNAの翻訳は相対的に低下しました。レンズの分化に関与するクリスタリンなどの伝令RNAは総じて短く、実際にそれらの翻訳はRNG140の欠損によって相対的に低下しました。このような細胞増殖促進に関わる翻訳の上昇及びレンズ分化に関わる翻訳の相対的低下が、RNG140欠損マウスにおけるレンズ核の形成不全を引き起こしたと考えられます。
以上の結果から、通常の野生型マウスのレンズ線維細胞では、RNG140の一過的増加によって細胞増殖に関与する長い伝令RNAの翻訳が抑制され、他方、レンズ分化に関与する短い伝令RNAはその抑制を回避することで、細胞増殖の停止とレンズ核への分化が促進されていると考えられました(図1)。
 

今後の展望

本研究は、RNG140が関与する翻訳制御機構が、細胞増殖と分化を切り替えるスイッチとして働き、その際に伝令RNAの長さを区別し制御するというモデルを提示しました。この長さの区別を担うのがRNG140なのかeIF3などの他の因子なのかを明らかにすることは、今後の課題として残されています。長いRNAが、タンパク質の三次元構造をとらないディスオーダー領域(IDR)や液-液相分離によって形成される液滴と相互作用しやすいという可能性は興味深く、RNG140やeIF3のIDRがその相互作用に関わる可能性が検討課題として挙げられます。また、伝令RNAの長さを区別し制御するという制御機構が、レンズに限らず様々な細胞の分化や運命決定にも共通するかどうか、今後の研究展開が期待されます。
加齢や白内障に伴いレンズ核は過剰に圧縮されます。RNG140の欠損によりレンズ核の圧縮は減少することから、RNG140およびRNG140によって翻訳が調節されるタンパク質を標的にすることによって、眼機能障害を改善する手立てにつながるかもしれません。
 

発表雑誌

雑誌名: Journal of Biological Chemistry
掲載日:2020年10月23日 (2020年8月23日オンライン先行掲載)
論文タイトル: Implications of RNG140 (caprin2)-mediated translational regulation in eye lens differentiation
著者:Kaori Nakazawa, Yuichi Shichino, Shintaro Iwasaki, and Nobuyuki Shiina
DOI:10.1074/jbc.RA120.012715
 

研究グループ

本研究は、基礎生物学研究所/生命創成探究センター/総合研究大学院大学の中沢香織大学院生、椎名伸之准教授を中心として、理化学研究所開拓研究本部の七野悠一基礎科学特別研究員、岩崎信太郎主任研究員との共同研究として実施されました。
 

研究サポート

本研究は、武田科学振興財団生命科学研究助成、科学研究費助成事業(19H03161)の支援を受けて行われました。
 

本件に関するお問い合わせ先

基礎生物学研究所 神経細胞生物学研究室
生命創成探究センター 神経分子動態生物学研究グループ
准教授 椎名 伸之(シイナ ノブユキ)
TEL: 0564-55-7620
E-mail: nshiina[at]nibb.ac.jp

※[at]は@にご変更ください。
 

報道担当

基礎生物学研究所 広報室
TEL: 0564-55-7628
FAX: 0564-55-7597
E-mail: press[at]nibb.ac.jp

生命創成探究センター 広報担当
TEL: 0564-59-5201
FAX: 0564-59-5202
E-mail: press[at]excells.orion.ac.jp

理化学研究所 広報室 報道担当
E-mail: ex-press[at]riken.jp

※[at]は@にご変更ください。

第30回自然科学研究機構シンポジウム ―宇宙と生命科学の深〜いつながり― がオンラインで開催されます。
 
日時:2020年9月26日(土)13:30-16:30 
 
視聴についてはこちらをご覧ください。

Insights into the evolution of plant body architecture

Arginine metabolism boosts to make a plant body complex, according to new research by a collaborative team from Exploratory Research Center on Life and Living Systems (ExCELLS), National Institute for Basic Biology (NIBB), RIKEN, Rikkyo University, Toyohashi University of Technology, Yamagata University, Chiba University, Hokkaido University, and University of Tokyo in Japan. The findings, now online in Cell Reports, might lead to a new understanding of amino acid metabolism with a specific role in plant morphogenesis.
 
In the ancestral lineage of land plants, the moss Physcomitrium patens has evolved to produce leafy shoots called gametophore. “Because metabolic reprogramming is necessary for this dramatic evolution in morphology to ensure the generation of sufficient biomass, we focused on gametophore formation as a model to uncover a mutual interaction between morphogenesis and metabolism” said Associate Professor Kensuke Kawade at ExCELLS/NIBB.
 

A colony of Physcomitrium patens with gametophore shoots
Filamentous protonema tissues (pale green) exhibit two dimensional growth to form a mat-like structure. On the other hand, gametophores (dark green) produce leafy shoots as a result of three dimentional growth.

 
In the current study, they showed that arginine metabolism is a key for gametophore formation in Physcomitrium patens and identified its underlying core pathway mediated by transcriptional co-activators ANGUSTIFOLIA3/GRF-INTERACTING FACTOR1 (AN3/GIF1) family signaling. These findings have advanced our understanding of the mechanism, by which the shoot system was established via metabolic reprogramming during the evolution of plants. More generally, this study refines the emerging concept in biology that developmental and metabolic processes influence one another for chemical force that facilitates growth, morphogenesis, and maturation. “Future work to clarify what kind of metabolite is produced from arginine in gametophores promises to unravel the physiological base of this phenomenon” explained Kawade.
 

Journal

Journal: Cell Reports
Title:Metabolic control of gametophore shoot formation through arginine in the moss Physcomitrium patens
DOI:10.1016/j.celrep.2020.108127
Eurekalert! URL:https://www.eurekalert.org/pub_releases/2020-09/nion-nro090820.php
 

Contact

Kensuke Kawade
TEL: +81-564-55-7563
E-mail: kawa-ken[at]nibb.ac.jp (Please replace the “_at_” with @)

アルギニンはタンパク質にも含まれるアミノ酸の一種で、一般的に幅広く存在するものです。生命創成探究センターの川出 健介 特任准教授(現 基礎生物学研究所 助教)は、基礎生物学研究所、立教大学、豊橋技術科学大学、山形大学、理化学研究所、千葉大学、北海道大学、東京大学との共同研究により、アルギニン代謝が植物の形づくりを促進する特別な機能もあることを発見しました。さらに、それをコントロールする仕組みを明らかにすることにも成功しました。

これらの成果は、2020年9月8日(米国東部夏時間)に米国の学術誌Cell Reports誌に掲載されます。
 

研究の背景

陸上植物の祖先にあたる初期の植物は、茎や葉を出さず、地表を這うように平面的に成長していました。そして進化を経て、葉を茂らせた茎を高く伸ばすように(立体的に)成長するようになりました。この茎や葉にあたる部分をシュートと呼びます。
コケ植物の一種であるヒメツリガネゴケは、平面的に成長する糸状の原糸体と、立体的に成長するシュートを環境に応じて作り分けます(図1)。これまで、原糸体からシュートへと成長戦略を切り換える遺伝子が発見されるなど、植物の進化を解き明かす成果が挙げられてきました(注釈1)。それでは、シュートを作るために必要な細胞の材料はどのようにして生み出されているのでしょうか?平面的な成長から立体的な成長へと戦略を変化させたなら、それに応じて代謝状態を調える必要があるはずです。そこで研究グループは、体内の代謝状態を成長戦略に合わせて変化させる仕組みを明らかにしようと考えました。

図1 ヒメツリガネゴケ
薄緑色の綿毛のように見えるのが平面的に成長する原糸体です。他方、その集まりから上に出てきている緑色の濃いものが茎葉体というシュートで、立体的な体の形づくりをしながら成長します。

 
注釈1
2012年 基礎生物学研究所 長谷部教授を中心とする研究グループの成果
プレスリリース「植物の茎葉の起源に迫る遺伝子の発見」https://www.nibb.ac.jp/press/2012/08/20.html

 

研究成果

研究グループは、ヒメツリガネゴケにおいてANGUSTIFOLIA3 (AN3)遺伝子が異常になると、シュートの成長が著しく悪くなることを見つけました。この成長不全の理由を探るため体内の代謝状態を調べたところ、アミノ酸の一種であるアルギニンが過剰に溜まっていることが分かりました。そこで、ヒメツリガネゴケにアルギニンを投与して育てると、AN3遺伝子が異常になった場合と同じように、シュートの成長が悪くなることが確認されました。また、AN3遺伝子には細胞の代謝や成長に関わる遺伝子を活性化する役割があることも明らかにしました。これらの結果から、研究グループは、AN3遺伝子を介したアルギニン代謝の調節がシュートの成長を促していると結論付けました(図2)。

図2 成長戦略の切り換えに応じて代謝状態を調える仕組み
 

今後の展望

アミノ酸の代謝は生命を維持する基本的な機能がよく知られています。しかし本研究から、アルギニン代謝にはシュートの成長を促す特別な機能もあることが分かりました。今後、シュートの成長に応じてアルギニンがさらにどのような代謝物へと変換されているのか明らかにすることができれば、植物が陸上で繁栄するための鍵であった代謝物が見つかるかも知れません。その結果、生命維持のみならず環境に応じて柔軟に対応するアミノ酸代謝の未知なる機能を探索する新しい研究分野が拓かれると期待されます。また、植物の成長戦略と代謝状態をむすびつける仕組みを解明することは、農作物の形や大きさだけでなく、栄養価も合わせて改善する育種法を開発することにつながると考えられます。
 

研究グループ

本研究は、生命創成探究センター/基礎生物学研究所(川出 健介)を中心とし、立教大学(堀口 吾朗)、豊橋技術科学大学(広瀬 侑)、山形大学(及川 彰)、千葉大学(斉藤 和季)、理化学研究所(平井 優美、斉藤 和季)、北海道大学(藤田 知道)、東京大学(塚谷 裕一)らの共同で実施されました。
 

研究サポート

本研究は、生命創成探究センター・BIO-NEXTプロジェクト、文部科学省・科学研究費助成事業(17K15147および19H05672)の支援のもと行なわれました。
 

発表雑誌

雑誌名: Cell Reports(セル・リポーツ)
論文タイトル: Metabolic control of gametophore shoot formation through arginine in the moss Physcomitrium patens
著者:Kensuke Kawade, Gorou Horiguchi, Yuu Hirose, Akira Oikawa, Masami Yokota Hirai, Kazuki Saito, Tomomichi Fujita, Hirokazu Tsukaya
掲載日:2020年9月8日(11:00 am ET)
DOI:10.1016/j.celrep.2020.108127
 

本件に関するお問い合わせ先

《研究全般に関するお問い合わせ先》
自然科学研究機構 基礎生物学研究所 共生システム研究部門
助教 川出 健介
TEL: 0564-55-7563
E-mail: kawa-ken[at]nibb.ac.jp
(研究当時所属:自然科学研究機構 生命創成探究センター)
 
《報道に関するお問い合わせ先》
自然科学研究機構 生命創成探究センター 広報担当
TEL:0564-59-5201 FAX:0564-59-5202
E-mail : press[at]excells.orion.ac.jp

自然科学研究機構 基礎生物学研究所 広報室
TEL: 0564-55-7628 FAX: 0564-55-7597
E-mail : press[at]nibb.ac.jp

理化学研究所 広報室 報道担当
E-mail : ex-press[at]riken.jp

立教大学 総長室広報課
TEL: 03-3985-4836 FAX: 03-3985-2827
E-mail: koho[at]rikkyo.ac.jp

豊橋技術科学大学 総務課広報係
TEL : 0532-44-6506
Email : kouho[at]office.tut.ac.jp

北海道大学 総務企画部広報課広報・渉外担当
TEL:011-706-2610 FAX:011-706-2092
E-mail : kouhou[at]jimu.hokudai.ac.jp

東京大学 大学院理学系研究科・理学部 広報室
TEL:03-5841-8856
E-mail:kouhou.s[at]gs.mail.u-tokyo.ac.jp

※[at]は@にご変更ください。

生命分子動態シミュレーション研究グループの奥村 久士 准教授が、COVID-19対応HPCI臨時研究課題記者勉強会で講演した様子がNHKで紹介されました。
 
https://www3.nhk.or.jp/lnews/kobe/20200831/2020009645.html
(外部サイトが開きます)
 

東京大学大学院農学生命科学研究科の内山拓農学特定研究員、五十嵐圭日子准教授と名古屋大学(兼・自然科学研究機構生命創成探究センター(ExCELLS))の内橋貴之教授らの研究チームは、名古屋大学、分子科学研究所、琉球大学と共同で、植物の体を形作っているセルロースを分解するための酵素「セルラーゼ」に関する研究成果について論文発表を行いました。
本研究チームは、これまでも高速原子間力顕微鏡という特殊な顕微鏡を用いて、結晶性セルロースを分解するために最適化されたきのこやカビなどの糸状菌が生産するプロセッシブセルラーゼを、分子レベルで観察することに成功していますが、今回、2種類の細菌(バクテリア)由来のプロセッシブセルラーゼが、カビ・きのこ由来の酵素と同様、結晶性セルロースの表面から外れる事なく鉋がけをするように分解している様子を観察する事に成功しました。
今回、分子レベルでの動態観察に成功したバクテリア由来のセルラーゼは、骨格になる蛋白質が糸状菌由来の酵素とは全く異なっていますが、プロセッシブセルラーゼとしての機能を果たすための「基質結合部が活性残基を挟んで非対称である」と「基質を離さないためのループの数が多い」という特徴はきちんと有しており、基質であるセルロース分子鎖を握り締めながら引き込んで活性中心に導き、連続的に分解するような設計となっていることが分かりました。つまり、骨格構造が全く異なっていて結晶性セルロースを分解できない酵素をもとにして、プロセッシブセルラーゼの要素となる部分を付け足すことでその機能を付与する「蛋白質レベルの収斂進化」が起きていることを提案しました。
 
本研究成果は、総合学術誌として権威のある米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)に掲載されました。
 

発表のポイント

・固体であるセルロース分解に適したバクテリア由来のセルラーゼ2種が、大工道具の「鉋(かんな)」のようにセルロース表面上から外れる事なくセルロース分解を行う様子を、高速原子間力顕微鏡を用いて観察しました。
・カビ由来の鉋型セルラーゼ(プロセッシブセルラーゼ)とバクテリア由来のセルラーゼでは、元になる蛋白質の骨格は全く異なりますが、「基質結合部を非対称にする」と「基質を覆うループを増やす」という共通の戦略で、同じような機能を持つ酵素を作り出していることが明らかとなりました。
・本研究成果は、自然界が蛋白質レベルの収斂進化(注1)によって、セルロースを効率よく分解する酵素を獲得してきたことを示しており、セルロース系バイオマス利用の効率化に貢献する事が期待されるとともに、骨格が異なる蛋白質に新しい機能を付与できる可能性を示しています。
 

発表内容

セルロースはブドウ糖(グルコース)が繋がった繊維状ポリマーで、さらに分子鎖が複数束になることで結晶を形成しています。自然界では植物体を構成する構造多糖として存在し、地球上に最も豊富に存在するバイオマスでもあります。一方、天然にはこのセルロースを効率よく分解する「セルラーゼ」という酵素を使って分解・代謝して生きるカビやきのこ、バクテリア等の微生物が存在していて、本酵素はそのままでは栄養にならないセルロースを、生物にとってエネルギーの源であるブドウ糖に変換できる酵素ということで、長い研究の歴史があります。

セルラーゼには様々な種類が存在していますが、中でも結晶性セルロースを効率よく分解することができる酵素は、大工道具の「鉋(かんな)」の様に表面を削り取るように分解を進めるタイプで、「プロセッシブセルラーゼ」と呼ばれています。本研究チームでは長年、高速原子間力顕微鏡(High Speed Atomic Force Microscopy:HS-AFM、注2)を用いる事で、カビやきのこ等の糸状菌由来のファミリー7プロセッシブセルラーゼ(Cel7)がセルロース表面を1方向に動いている様子、すなわちセルロース表面から外れる事なくセルロースを分解している様子を観察することに成功していました参考文献1-3。今回はセルロース分解性バクテリアの一種であるCellulomonas fimi由来のプロセッシブセルラーゼであるCfCel6BとCfCel48Aが、セルロース表面上で1方向に動いている様子を観察することに成功しました。

セルロースはグルコースが数千〜数万つながった構造をしていますが、天然に存在する結晶性セルロースは、分子が全て同じ向きで束になっているため、性質の異なる「還元末端」と「非還元末端」が存在します。これまで研究チームは、カビ由来プロセッシブセルラーゼであるTrCel7Aが、還元末端→非還元末端の方向でセルロースを分解することを明らかにして来ましたが、バクテリア由来の酵素のうちCfCel48AはTrCel7Aと同じ方向、すなわち還元末端→非還元末端の方向に、CfCel6Bは逆向きの非還元末端→還元末端方向に分解する様子を、それぞれHS-AFMで観察しました。

実は、カビやきのこ等の糸状菌も今回プロセッシブセルラーゼであることが明らかとなったCfCel6Bと同じ糖質加水分解酵素ファミリー6に属する酵素であるCel6Aを持っていますが、これまでのHS-AFMでの観察ではその分子の動きは観察できませんでした。これは糸状菌由来のCel6Aはプロセッシブ性が低い可能性を示しています。セルラーゼ研究の分野では、ファミリー6に属する酵素が「プロセッシブ」なのか「非プロセッシブ」なのか長年にわたって議論してきましたが、今回の結果から「同じファミリー6の酵素でもプロセッシブと非プロセッシブな酵素が混じっており、その度合いは様々である」という結論が導かれました。

そこで、同じファミリーの酵素がどのようにしてそのような違いを出しているのかそれぞれの酵素の三次元構造から推測したところ、図1に示すようにバクテリア由来の非プロセッシブなセルロースをランダムに切断する酵素(赤色)では、基質結合部が対称な構造で、基質をカバーするループ構造もないのに対して、糸状菌由来の酵素では非対称性とループの数が若干上がり、さらにバクテリア由来のプロセッシブ酵素では極端に非対称になり、ループの数が増えることが分かりました。そのような傾向は全くファミリーが異なるTrCel7AやCfCel48Aでも共通して起こっていると考えられました。つまり、もともと骨格が異なる蛋白質であっても、基質結合部を非対称にして、そこをカバーするようにループを配置することで、非プロセッシブな酵素がプロセッシブな酵素に変化することができ、自然界ではそのような共通の戦略で結晶性セルロースを分解できるようになってきたと考えられたのです。
「収斂進化」とは、哺乳類と魚類というまったく異なる生物種であるイルカとサメが、海の中で早く泳げるように流線形になり、体の同じような場所にヒレを持つようになったように、もともと異なる生物が同じ機能を求めて同じ形に進化してきたことを言います。図2に示すように今回の結果は、ある機能を追求したときにそのような進化が個体レベルではなく蛋白質レベルでも起こっていることを表していると、五十嵐准教授らは考えています。

カビやきのこによるセルロース分解では、プロセッシブなCel7と非プロセッシブなCel6を混ぜることで、結晶性セルロースの分解が劇的に速くなる相乗効果が起こることが知られています。今回、カビ由来のTrCel7Aとバクテリア由来のCfCel6Bを混ぜてHS-AFMによって観察すると、それぞれが逆向きに動いている様子が観察され、時に正面衝突をしてCfCel6Bが吹き飛ぶ様子も観察されました。さらに、事故を起こして止まったTrCel7A分子の後方に次々と他の分子がぶつかり、事故渋滞が生じる様子も観察されました。しかしながら、同じカビ由来の2種類の酵素(Cel6とCel7)を混ぜた場合は、このようなナノレベルの交通事故と事故渋滞は起こりませんでした。つまり、分解方向が逆向きのプロセッシブな酵素同士はあまり相性がよくないことを示しており、糸状菌ではあえて一方(Cel6)はプロセッシブな酵素を使わない戦略をとっている可能性が考えられました。しかしながら、バクテリアが還元末端→非還元末端と非還元末端→還元末端の双方向のプロセッシブセルラーゼを持っていることを考えると、実は糸状菌はまだ進化の途中で、これからより分解性の高い酵素系を獲得していく可能性も残されています。このように、進化的視点でセルロース分解を捉えていくことで、研究チームはより効率の良いバイオマス変換系の構築を目指して行こうと考えています。
 

図1 糖質加水分解酵素ファミリー6およびクランB(上段:ファミリー16、下段:ファミリー7)、
クランM(上段:ファミリー8、下段:ファミリー48)におけるプロセッシブセルラーゼへの進化

上段の酵素は、下段のプロセッシブセルラーゼの元となったと考えられる酵素です。
それぞれがプロセッシブセルラーゼとしての機能を獲得するため、分解方向に対して蛋白質を付加して、セルロースを握り締める様な構造を持つように進化したと考えられます。赤丸で囲われた部分は、プロセッシブセルラーゼに特徴的な付加領域を、黒矢印はそれぞれのセルラーゼによるセルロースの
分解方向をあらわしています。還:還元末端、非:非還元末端

 

図2 今回提案された自然界におけるプロセッシブセルラーゼの獲得戦略

結晶性セルロースの表面を削りながら進むことができる酵素は、「基質結合部位の非対称性」と
「基質を覆うループの数」をどちらも上げる必要がありますが、そのような形をした酵素を獲得
したものが、セルロースを効率良く分解できるようになったと考えられます。つまり「タンパク
質レベルの収斂進化」が、結晶性セルロースの分解には重要だったと考えられます。

 

参考文献

1. Igarashi, K., Koivula, A., Wada, M., Kimura, S., Penttilä, M., and Samejima, M., High-speed atomic force microscopy visualizes processive movement of Trichoderma reesei cellobiohydrolase I on crystalline cellulose, J. Biol. Chem. 284:36186-36190 (2009)
2. Igarashi, K., Uchihashi, T., Koivula, A., Wada, M., Kimura, S., Okamoto, T., Penttilä, M., Ando, T., and Samejima, M., Traffic jams reduce hydrolytic efficiency of cellulase on cellulose surface, Science 333: 1279-1282 (2011)
3. Nakamura, A., Watanabe, H., Ishida, T., Uchihashi, T., Wada, M., Ando, T., Igarashi, K., and Samejima, M., Trade-off between processivity and hydrolytic velocity of cellobiohydrolases at the surface of crystalline cellulose, J. Amer. Chem. Soc. 136: 4584–4592 (2014)

 

用語解説

注1:収斂進化
異なる生物種に属する生物が、進化の過程で同じような環境で同じような形質を独立に獲得する現象。例えばサメとイルカは、それぞれ魚類と哺乳類という全く異なる生物種であるにもかかわらず同じような形態を有しているのは、流線型でかつ鰭(ひれ)を適切に配置した形態が、どちらの進化においても生存に有利だったためと考えられています。

注2:高速原子間力顕微鏡
原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscopy:AFM)は、探針(プローブ)を観察対象の表面に沿って走査することで観察対象の形の情報(画像)を得ます。しかしながら従来の原子間力顕微鏡は1画像取得するのに数分を要していたため、対象物の変化をリアルタイムで追うことは困難でした。研究チームは、走査速度を通常のAFMと比較して格段に早くした高速原子間力顕微鏡を用いて、固体表面を動くセルラーゼ分子を世界ではじめて可視化しました。
 

発表雑誌

雑誌名: 「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」8月3日 オンライン公開
論文タイトル: Convergent evolution of processivity in bacterial and fungal cellulases
著者:Taku Uchiyama†, Takayuki Uchihashi†, Akihiko Nakamura, Hiroki Watanabe, Satoshi Kaneko, Masahiro Samejima, and Kiyohiko Igarashi*
(†共同筆頭著者 *責任著者)
DOI:10.1073/pnas.2011366117
 

発表者

内山 拓
(東京大学大学院農学生命科学研究科 農学特定研究員(当時 現バイオインダストリー協会先端技術・開発部つくば研究室 室長))
内橋 貴之
(名古屋大学大学院理学研究科 教授・自然科学研究機構生命創成探究センター 客員教授)
中村 彰彦
(静岡大学農学部応用生命科学科 准教授)
渡辺 大輝
(自然科学研究機構生命創成探究センター 特任助教(研究当時))
金子 哲
(琉球大学農学部亜熱帯生物資源科学科 教授)
鮫島 正浩
(東京大学大学院農学生命科学研究科 教授(当時 現信州大学特任教授))
五十嵐 圭日子
(東京大学大学院農学生命科学研究科 准教授・VTTフィンランド技術研究センター 客員教授)
 

ExCELLSに斉藤 稔(さいとう ねん)特任准教授が着任しました。
 

自然科学研究機構生命創成探究センター特任教授又は特任准教授の公募情報を掲載しました。

詳しくはこちらをご覧ください。

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